第48話 できない選択【瑠奈Side】


 このフロアの2つの通路の前には虹野が立ちふさがっている。もちろん僕たちは今までに人を斬ったことなんてない。


 だけど今はそんなことを言っている余裕はなく、持っている風の属性付きのナイフを虹野へ向ける。


「へっ、やる気か?」


 虹野も持っている刀を構える。


 大丈夫、いくら虹野が狂戦士の腕輪を身に付けて、多くのモンスターを倒して強くなっていたとしてもこっちは2人だ。それに僕たちだって前よりも強くなってる!


「ウモオオオオオ!」


「……ちっ、空気を読めよな」


 お互いに武器を構えたところで、このフロアの通路の1つから1体のミノタウロスが現れた。早くも誘引の蜜の香りに誘われてこのフロアにやってきたようで、興奮状態に陥っている。そして一番近くにいる虹野へと狙いを定めた。


 これはチャンスだ!


「お姉!」


「ええ、モンスターと同時に行くわよ!」


 お姉が僕の意図をすぐに察してくれた。ミノタウロスと同時に仕掛けて、虹野に攻撃を仕掛けて、そのまま一気に通路から逃げるんだ!


 ミノタウロスが虹野へ襲い掛かるタイミングに合わせて一気に前に出る。


「せいっ!」


「はっ!」


 僕のナイフからは風の刃が、お姉の剣からは炎の渦が放たれ、虹野へと襲い掛かる。それと同時にお姉とこのフロアの通路へと走った。


「しゃらくせえ!」


「えっ!?」


 虹野が居合のような構えを取り、刀を抜いたと思った瞬間に電撃が走り、僕とお姉の風の刃と炎の渦を刀で


「ウモオオ!?」


 そして返す刀でミノタウロスを袈裟斬りにすると、あの硬いミノタウロスの身体をたったの一撃で両断した。


「逃がさねえよ!」


「きゃっ……」


 そのまま一気に僕たちの方へ距離を詰めて、強烈な蹴りでお姉を蹴り飛ばして、自身もその後を追う。


「うう……」


「お姉!」


「はっはっは、いい様だな!」


「お姉を離せ!」


 虹野はお姉の喉を掴み、右腕の力だけでお姉を宙へと持ち上げている。武器を落としたお姉は両手で虹野の右腕を外そうとしているけれど、まったく外れない。


「安心しろ、そう簡単には殺さねえよ。もっと苦しめてから切り刻んでやらねえと。どうせなら両手両足を斬り落として動けないようにしてから、目の前でもう片方を犯してやればよかったか。……いや、楽しんでいる間に邪魔が入っても興ざめだ」


「狂ってる……!」


 僕とお姉の攻撃を防いで、あの硬いミノタウロスの肌を切り裂いたあの刀……以前にコラボをした時とは威力がまるで違う。新しい刀に以前よりも高性能な魔石が付いた武器に違いない。


 禁止マジックアイテムの誘引の蜜に狂戦士の腕輪、それに僕とお姉が持っている武器よりも遥かに性能の高い魔石。いったいどこからあんなものを……


「おっと、しくったな。この位置だとてめえだけは逃げられちまうか」


 ニヤニヤとしながら、僕と僕の後ろにあるこのフロアの出口を見る虹野。お姉を蹴り飛ばして、それを追ったため位置が入れ替わった。確かにこのまま走って逃げれば、僕だけはこのフロアから逃げ出せるかもしれない。


「……そうだな、気が変わったぜ。てめえは見逃してやるよ。このまま逃げ出せば、もしかしたらてめえだけは生きて助かるかもしれねえなあ~」


「………………」


 下卑たにやけ顔をしながら、そんなことを言う虹野。


「瑠……奈……」


「お姉!」


 声は出せないみたいだけれど、お姉が言いたいことは分かる。僕もお姉の立場だったら、きっと同じように自分を置いて逃げてほしいと思っているはずだ。


 ……だけどお姉も僕の立場だったら、そんなことは絶対にできないはずだよ。


「ちっ、逃げねえのかよ。つまんねえなあ……」


 武器を持って虹野へ向ける。


「……僕が弱い人間なのは自分でも分かっているよ。もしかしたら僕も他人を犠牲にすれば生き延びられる状況になったら、何をしてでも生き延びようとするかもしれない。だけど、たったひとりの大切な家族を残して逃げるなんてことは死んでもできない!」


 確かにあの時あいつはお姉を囮にして自分ひとりで逃げた。僕もそれを聞いた時は本気で怒りが沸いたよ。だけど、もしかしたら僕だって他人を犠牲にすれば自分だけ助かるような状況なら、虹野と同じことをしてしまうかもしれない。


 だけど、今一緒にいるのは世界で一番大切な家族だ! そんなことをしてひとりで生き延びるくらいなら、お姉と一緒に死んだ方がマシだ!


「けっ、この偽善者が! それじゃあ、てめえの姉を切り刻んでやるからその光景でも――おっと、ちょうどいい」


「キシャアアアア!」


「ウモオオオオオ!」


「……っ!?」


 後ろの通路からモンスターの鳴き声が聞こえた。すぐにもっと多くの魔物がこのフロアに溢れてくる。


「……ぐっ!!」


 虹野が持っていた刀でお姉の右足を突き刺した。


「なんだよ、もっと泣き叫んで悲鳴をあげたらどうだ? おら、おら!」


「っ……!」


「お姉!」


 虹野が何度もお姉の足を突き刺す。たまらずに僕の足が虹野の元へと駆け出していた。


「へっ、馬鹿が!」


「きゃあああ!?」


 目の前にいきなり巨大な光の塊が飛んできたと思ったら、突然僕の身体全体に激痛が走った。


「どうだ? この電撃はまともに食らったら、しばらく身体が動かねえだろ?」


「うう……」


「瑠奈!」


 虹野の言う通り、手足に力がまったく入らない……


 どうして……動いてよ、僕の身体!


「キシャアアアア!」


「ガアアアアア!」


 立ち上がれない僕の背後からモンスターの叫び声が聞こえる。


「おっ、ロックリザードにブラックベアじゃねえか。そらよ!」


「きゃあ!」


「お……姉……」


 虹野がお姉を僕の近くに放り投げた。


「ははは、最高の気分だぜ! ほら、生きたままモンスターに食われちまえよ!」


「瑠奈……」


「お姉……」


 お姉が何度も斬られて血だらけの足を引きずって僕の手を握ってくれた。


 ……そっか、もうお終いなんだ。


 これまでの思い出が頭の中を駆け巡る。ああ、これが走馬灯ってやつなのかな……


 だけどベヒーモスの時とは違ってお姉が一緒にいてくれる。右手に握ったお姉の手の温かさを感じる。


「キシャア!」


「ガアッ!」


 ……僕たちが死んじゃったらヒゲさんはどう思うかな?


 助けてもらって、迷惑を掛けてばかりだったけれど、少しくらいは悲しんでもらえるかな? ちょっとだけでもヒゲさんの心に残れたらいいな。


 ザンッ


「なんだとっ!?」


「あっ……」


 僕たちに迫っていたロックリザードとブラックベアの首が一瞬で斬り落とされる。


 そしてそこにはヒゲさんの後ろ姿があった。


「華奈も瑠奈も生きているな! 無事でよかった!」

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