第50話 選択
「……今ならギリギリだが間に合う。武器を捨てて諦めろ」
届かないと思いつつ、虹野へ最後の勧告を行う。
「うるせえ! 死ねえええええ!」
虹野が収めていた鞘から剣を抜くと刀身から激しい電撃が走り、距離の離れた俺へ高速で飛来してくる。
やはり俺の声は届かなかったか……
「マジックリフレクション!」
「んなっ!?」
俺の目の前に半透明の壁ができ、虹野の電撃による攻撃を跳ね返した。
「ビビったぜ、まさかそんなマジックアイテムを持っていやがるとはな!」
しかし虹野は跳ね返ったその電撃を避けた。今の速さを見ると、以前に35階層で見た動きよりもだいぶ身体能力が上がっているようだ。
……おそらく眠る間もほとんどなく、ダンジョンのモンスターを倒しまくったのだろう。分かるよ、自暴自棄になるとまともに寝ることもできないよな。
「だったら直接ぶった斬ってやるよ!」
虹野がもう一度刀を鞘に納めて構えを取る。今度は直接俺に切りかかってくるつもりだろう。
どんな理由があろうとも、おまえは華奈や瑠奈を殺そうとして、今まさに俺へ刃を向けている。
ここでこいつを拘束して警察に差し出しても、また俺や2人に危害を加えてくる可能性が存在する以上、こいつを放置するわけにはいかない。
「死ねえええええ!」
虹野が右足を踏み切り、一直線に俺へ向かって刀を抜いた。
「なっ、何だと!」
だが、このダンジョンの中で向上した俺の反応速度や身体能力の前ではこいつの動きはあまりに鈍い。
俺の白牙一文字は虹野の電撃を纏った刀を真っ二つに叩き斬った。纏っていた電撃も俺にはとってはまったくダメージにはならない。
こいつもマジックシールドを持っていたようで、途中でそれが発動して半透明の壁が現れたようだが、その壁も脆い物だった。
それにしても、この前の立てこもり犯もそうだが、このマジックシールドのようなマジックアイテムはそう簡単に手に入る代物でもないんだがな……
「ち、ちくしょう! 俺にはまだ他にも強力なマジックアイテムが――」
ザンッ
「がああああ!」
虹野が折れた刀を捨て、持っていたマジックポーチに手を伸ばそうとしたところで、マジックポーチを掴んだままの左腕が宙へと舞った。
「腕が……俺の腕が!」
悪いが俺は敵が自分の態勢を整えるのを待つ気はない。ダンジョンの中ではモンスターもそうだが、人間も油断ならないことはよく知っている。
「くそがくそがくそが!」
もはや精神がおかしくなり痛みもまともに感じていないのか、左腕が切断されたというのにほとんど痛がるようなそぶりを見せない。そしてどうやらこいつにはもう他の攻撃手段はないようだ。
「ちくしょう、殺してやる! いつか絶対にお前らを殺してやる!」
「………………」
そう言いながら虹野は俺に背を向けて、華奈と瑠奈がいないもうひとつの通路へと走り出すが、俺はそれを止めない。
「ウモオオオオ!」
「ぐっ、ミノタウロスか!」
だが、そちらの通路には誘引の蜜によってこのフロアへ集まってきたモンスターが少しずつ溢れてきていた。
「俺はトップダンジョン配信者の虹野虹弥だぞ! ミノタウロスごときに――がはっ!」
左腕に付けていた狂戦士の腕輪の効果がなくなり、武器も持っていない虹野はミノタウロスの棍棒による一撃を受けて吹き飛ぶ。そしてそのままモンスターの群れに囲まれた。
「げほっ……お、俺は最強の男だ! そうだ、このピンチを乗り越えれば俺は配信者で歴史上一番に――があああああ!」
そして虹野はそのままモンスターの群れへ飲み込まれていった。……完全に正気を失って、痛みを感じないということはある意味で救いだったのかもしれない。
あいつを助けることもできたし、ひと思いに自らの手で楽に殺してやることもできたが、俺はそのどちらもしなかった。あいつをわざわざ助けてまた狙われるのもごめんだし、自らの手を汚して罪に問われるのごめんだ。
俺はヒーローなんかじゃなくて、自分の保身のことばかり考えているちっぽけな男だからな。
だけどあいつには少しだけ同情している。なにかほんの少しでも歯車が狂わなければ、こんな結果にはなっていなかったはずだ。ダンジョンへ入った以上、すべてが自己責任であることに間違いはないが、それでももう少しマシな結末があったのではないかと思えてしまう。
いや、今はそんなことを考えている状況じゃない。
「待たせたな、大丈夫だったか?」
「は、はい! ですが集まって来るモンスターがどんどん増えてきているので、私たちではもう厳しいです!」
「ごめんなさい、僕たちじゃもう限界かも……」
2人の周囲にはすでに倒したモンスターが数体倒されていた。
「十分だ。このフロアから脱出するから、俺の後ろをついてきてくれ」
「うん、分かったよ!」
「……あの、虹野はどうなりましたか?」
「死んだよ。最後はモンスターの群れに吞まれていったし、自業自得だ。少なくとも2人が気にすることじゃないし、今はこのフロアを出ることが先決だ」
「……はい」
「……うん」
複雑そうな顔をしている2人だが、感傷に浸るのもあとだ。通路からはまだまだモンスターが溢れてくる。やはりダンジョンの洞窟階層で誘引の蜜を使用することは本当に危険である。
この階層を脱出するまで油断は禁物だ。早く脱出するとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます