第3話 見捨てられたアイドル配信者


「いた!」


 全速力で悲鳴のあがった方向へ向かうと、そこには銀色の毛並みをした巨大な狼型のモンスターの群れに囲まれている男女の探索者の姿があった。2人とも負傷をしているようで、モンスターから走って逃げているが生きてはいるようだ。


 さすがにあの状況なら、助けに入ったとしても文句は言われないか? いや、もう少し待ったほうがいいな。他の探索者や配信者の戦闘に横入りするときは、その辺りにも気を遣わないといけないから本当に面倒だ。


 加勢したはずなのに邪魔をしたと責められたり、酷い時は報酬を奪いにきたと俺に攻撃をしてきたこともあった。


”いや、ドローンを置き去りにするとかどんだけ速いんだよ!? いや、それかドローンが旧式の可能性もまだ残っている!”

”分かるわ~俺もいろいろありえな過ぎて、最初のころは作り物の動画を疑っていたわ~ @たんたんタヌキの金”

"そこからいろいろ受け入れてそのまま視聴し続けるか、偽物だと判断して去るかの2択がテンプレ! @月面騎士"


 おっと、そういえばドローンを置き去りにしてしまった。このドローンと腕輪は連動していて、コメントはドローンの一定距離以内にいないと俺には届かないんだよな。


 とりあえず、どちらかがピンチになったら、さっさと助けてさっさと帰ろう。




――――――――――――――――――――――――――


「はあ、はあ……」


 後ろには狼型のモンスターであるシルバーウルフの群れが迫ってきている。シルバーウルフはこの35階層で現れるモンスターの中でもかなり厄介なモンスターだ。単体でもかなりの強さを誇る上に、群れで行動して狩りをする。


「うっ……」


 腕の傷が痛いわ……


 体調が万全でもこれほどの数のシルバーウルフが相手だと、私たちの力で倒せたか分からない。


 どうしてこんなことになっちゃったの……


「くっ、駄目だ。このままじゃ追いつかれる!」


「このままじゃ駄目……虹弥こうやさん、一か八か戦いましょう!」


 横を走る有名なダンジョン配信者の虹弥さんに提案する。


 負傷している今の状態でこれだけの数のシルバーウルフを相手にするのは無謀かもしれない。だけどこのままじゃ確実に追いつかれる。それならここで足を止めて2人で戦うしかない。


 私は絶対にここで死ぬわけにはいかないの!


「……ちっ」


 キンッ


「こ、虹弥さん、なにを?」


 なんで私と虹弥さんを撮影しているドローンを切り落としたの?


「それはな、こうするんだよ!」


「えっ! きゃあっ!?」


 横を走っていた虹弥さんがいきなり私の足を蹴ってきた。あまりの突然の行動に私は回避することができずに盛大に地面へと転がった。


「はっはっ! 悪いな、俺も自分の命の方が大事なんでね!」


「そ……そんな……」


 虹弥さんが私を置いて走り去っていく。ひどい……あんな人だったなんて……


「グオオオオオオ!」


 目前にシルバーウルフの群れが迫ってくる。残された私はたったひとりで、まだ起き上がれてもいない。


瑠奈るな、ごめんね……」


 私はここまでみたい……お願い、瑠奈だけはどうか生き延びて……


 ザンッ


 そんな死を覚悟した私の目前に、突然人影が現れた。


 颯爽と現れた男性――その人はボサボサの髪とヒゲに覆われ物語の中の王子様というような格好はしていなかった。


 けれど、彼は目にも止まらぬ速さで、すべてのシルバーウルフを一瞬で真っ二つにした。


「大丈夫か? まったくもって、災難だったな」




――――――――――――――――――――――――――

 とりあえず、シルバーウルフの群れはすべて倒した。シルバーウルフというモンスターは群れるが単体ではそれほど強くない。


 残念ながらこのモンスターは食べてもうまくないんだよな。何度か試しに調理してみたが、筋が硬くて臭みが強いんだよね……


 目の前で彼氏に裏切られた女性への声のかけ方なんて知らないから、適当に声をかけてみたが返事がない。よっぽど裏切られたのがショックだったのだろう。


「大丈夫か、状況が分かるか? 彼氏に裏切られたのはつらいだろうが、元気を出せ」


 目の前に倒れている女の子はだいぶ若い。ダンジョンには16歳未満は入ることができないから、それ以上であることは間違いないはずだ。


 あちこち汚れているが、顔立ちの整ったかなりの美人らしい。ダンジョン配信者をやっている人はガチの攻略配信をやっているか、可愛い女性や格好いい男性を使ったアイドルのような配信をする2つに分かれている。


 てっきり後者だと思ったが、さっき新規リスナーの人がこのダンジョンで35階層はかなり攻略が進んでいると言っていたから、前者になるのか?


「だ、大丈夫です! あの、危ないところを助けていただいてありがとうございました!」


「無事だったのなら何よりだ。ひとりで歩けそうか? 難しいならゲートまでは送っていくぞ」


 一応女の子なのに俺の姿にはビビっていないらしいな。前に一度女の子を助けた時に同じように声をかけたら、泣き叫んで逃げられたことがある。これについては俺のヒゲモジャと蛮族を合わせたような格好が悪いから、その女の子を責める気もない。


”辺り一面モンスターの血の海ですねえ……とりあえず女の子が無事のようで本当に良かったです! @WAKABA”

”さすがに人が死ぬ動画は勘弁だぜ。無事で良かったな。 @月面騎士”


 月面騎士さんのいう通り、さすがに配信で人死は勘弁である。一応腕輪では生体反応などを検知しており、ドローンの所有者が危険になると配信を自動で切断するという機能はあるが、それでも他人のドローンに映ってしまう事故動画なんかはどうしても出てきてしまう。


 基本的に事故動画はその後すぐ削除されるのだが、そんな動画を集めるような腐った性根の人間もいるというのだから、本当に救いがない。


 女の子は自分の力でゆっくりと立ち上がった。


「……あの、助けていただいた方にこんなことをお願いするのは申し訳ないのですが、どうか妹を助けてください!」

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