第66話 正攻法


「あとはもしも天使の涙を持っているやつがいて、交渉が難しそうだったらすぐに俺に教えてくれ」


"別に構わないが、それを聞いてどうするんだ……? @XYZ"

"……まあ、ヒゲダルマの性格なら、だいたい想像はつくけれど。 @たんたんタヌキの金"


「直接そいつのところにいって、まずは金やマジックアイテムで交渉をする。それで駄目ならマジックアイテムを使った実力行使で無理やり奪う」


"やっぱりかよ! @ケチャラー"

"考え方が蛮族のそれじゃねえか! @ルートビア"

"ヒゲダルマさん、犯罪は駄目です! @華奈"


「大丈夫だ。人は傷付けないし、できるだけ証拠は残さないからな」

 

"そういう問題じゃねえよ! @XYZ"

"それでもやっぱり駄目だよ! @瑠奈"


「いや、そういう問題だ。なにせ月面騎士さんの母親の命が懸かっているわけだからな。たぶん執行猶予もつくだろうし、それくらい安いものだ」


 法律なんてものは馬鹿正直に守っていても弱者を救ってはくれない。そのことを俺はよく知っている。


「そ、それは駄目だ! ヒゲダルマ、犯罪行為は絶対に止めてくれ! あとは他の人を傷付けたりするのも駄目だ! ヒゲダルマやみんなが罪に問われたり、他の人を傷付けたりしてまで助かりたいだなんて、絶対に母ちゃんは思っていない!」


「……そうか、分かったよ」


 普通の人ならそう思ってしまうのは当然か。だけど俺は見ず知らずの他人なんかよりも、月面騎士さんの母親の命の方がよっぽど大事だ。あとでこっそりキャンパーさんあたりに連絡をして、もしも天使の涙を所有しているやつがいたら連絡してもらうとしよう。


「……その顔は裏でこっそりと誰かから聞いて、自分ひとりで勝手に動こうとしているだろ?」


「うっ……よく分かったな……」


「配信だけとはいえ、ヒゲダルマとは長い付き合いだからな」


「ああ、そうだったな」


 月面騎士さんが今日初めてクスリと笑ってくれた。


「本当にそこまではしなくていい。俺も……それに母ちゃんもそこまでは望んでいないから」


「……分かったよ、約束する」


 どうやら月面騎士さんにも譲れないラインはあるみたいだ。しょうがない、ここは正攻法で手に入れるしかないか。


"よし、それじゃあヒゲダルマは準備をしてすぐに横浜ダンジョンへ向かってくれ。その間にこっちはみんなで横浜ダンジョンの情報を集めておく。リスナー用のグループはこっちで作っておこう。 @†通りすがりのキャンパー†"

"深夜の時間帯なら他の探索者も少ないだろうから、夜中のうちに人が多い20階層くらいまでは進んでおきたいところだな。 @ケチャラー"

"私と瑠奈は以前に横浜ダンジョンの20階層までは行ったことがあります。少しくらいはお役に立てることがあるかもしれないので、一緒に横浜ダンジョンまで向かいますね。 @華奈"

"一緒に攻略はできないけれど、ゲートの方向を教えたり、ボスへのゲートで順番待ちをするくらいはできるもんね! @瑠奈"


「華奈ちゃんも瑠奈ちゃんも本当にありがとう! でも、仕事とかもあるだろうし、本当に無理はしなくていいからね!」


"はい、幸い大きな仕事は入っていないので大丈夫ですよ。 @華奈"

"うん、月面騎士さんはお母さんのことだけ心配してあげて! @瑠奈"


「………………」


 前回華奈と瑠奈と一緒に配信をした時には最近毎日がとても忙しいと言っていた。配信もそうだけれど、いろんなメディアの取材を受けたり、他の有名な配信者と一緒にコラボなんかをたくさんしているみたいだからそれも当然だ。


 それに人気の出ている今が一番大事な時期のはずだが、そんな仕事を休んでまで月面騎士さんに協力してくれるらしい。この2人も本当にいい子たちなんだよな。


「みんな、感謝する。家に戻って必要な物を用意してから、すぐに横浜ダンジョンへ向かうからな」


 限定配信を終了する。以降の連絡はキャンパーさんが用意してくれたグループで連絡を取っていく。


「ヒゲダルマ、本当にありがとう。どうか気を付けてくれ」


「ああ、大丈夫だ。それに50階層程度で出てくるようなモンスターじゃ俺の敵にはならない。どちらかというと宝箱から天使の涙が出てくるかの方が問題だぞ」


 横浜ダンジョンには行ったことはないが、どんなダンジョンでも、階層によるモンスターの強さにそこまで大きな差はない。50階層あたりのモンスターならば、俺が命を落とすような相手はいないはずだ。もちろんダンジョンでは万一があるから、絶対に油断はしないけれどな。


 問題は必要な天使の涙の出現確率がどれくらいなのかだよな。世の中には物欲センサーというものがあり、狙ったマジックアイテムを手に入れるのはなかなか難しいんだ……


「こればかりは運に任せるしかないからな……」


「ああ、残念ながらその通りだ。それとさっきも話していたが、月面騎士さんは一度母親の病院へ行ってから少し休んでくれ。何か進展があったらすぐに連絡をするからな。それとこっちのマジックポーチを持って行ってくれ」


「さっきからマジックポーチへ何を移し替えていたんだ?」


 みんなと会話をしながらコツコツと中身を入れ替えていたマジックポーチを月面騎士さんへ渡した。


「まずは現金が500万円入っている。これを病院側に渡して、できる限り母親に最高の治療を受けさせてもらってくれ。それと他にはハイポーションと、天使の涙はなかったが、今俺が持っている別の状態異常回復薬を入れておいた。もしも母親が本当に危なくなったら、効かない可能性は高いけれど、試すだけ試してみてくれ」


「んなっ!?」

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