第63話 天使の涙
ずっと俺の配信を見ていてくれた月面騎士さんにしか分からない質問を2~3個してみたが、目の前の男性はすべて答えてくれた。どうやら彼がリスナーの月面騎士さんであることは間違いないようだ。
「初めまして。実際に会うことができてとても嬉しいよ。……いやあ、いつもコメント越しに会話をしているけれど、実際に会ってみると、何だが少し恥ずかしいかもな」
リアルでリスナーに会うのはタヌ金さんに続いて2人目だ。前回のルートビアさんにも言ったことだが、リスナーのみんなには本当にお世話になったから、お礼をしたいと伝えたんだが、全員に断られてしまったしな。
「……俺もこんな時じゃなければ、素直にヒゲダルマと会えたことを喜べたんだけどな」
「こんな時? そういえば俺に何か頼みがあるんだったな。俺にできることなら――って、何をしているんだ!?」
いきなり月面騎士さんが俺の前で両手を地面につき、頭を地面にこすりつけて土下座をしてきた。
「ヒゲダルマ、母ちゃんを助けてください!!」
「母親……どういうことだ? まずは顔を上げてくれ!」
「お願いします……お願いします……どうか母ちゃんを助けてください……」
嗚咽の混じった涙声――月面騎士さんの心の底からの助けの声が聞こえた。
「まずは落ち着くんだ。俺にできることならなんでもする! だからゆっくりとでいい、事情を話してくれ」
「ううう……」
土下座をやめない月面騎士さんの身体を無理やり起こす。彼の顔は土と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
持っていたハンカチを公園の水道で濡らして顔を拭いてあげ、彼が落ち着くのを待った。
「……取り乱して悪かった。実は5日前に母親が突然倒れたんだ」
「そうか、ご家族が大変だったんだな」
「病院へ運ばれてから、すぐにいろいろと検査したんだ。だけどなんの病気か分からなくて、2日後に別の大きな病院へ転院させられた。そこでさらに詳しい調査をして分かった病名はルーノアム病という病気だった」
「ルーノアム病……いったいどんな病気なんだ?」
「この病にかかると、自律神経に異常が発生して肺や心臓といった呼吸や全身に血液を送る機能が大きく阻害され、最終的には死に至る恐ろしい病らしい。未だに病の原因も分からず、治療法も見つかっていない難病なんだ」
「治療法が見つかっていない!?」
「ああ、治療方法は見つかっていない。だけどその病気を治す方法がひとつだけ存在するんだ」
「……そういうことか。マジックアイテムの『天使の涙』」
治療法が見つかっていない難病、俺に頼みたいこと、最近日本のダンジョンでも発見されたマジックアイテムの天使の涙。そのすべてがひとつにつながった。
「そう、天使の涙だ。ルーノアム病について詳しく調べたんだが、海外ではすでにこの病の研究が進められていて、天使の涙が特効薬となることが発表されていた。元々この天使の涙というマジックアイテムは上位の万能状態異常回復ポーションらしく、いくつかの病にも効果のあることが確認されているらしい」
「なるほど、確かにそれなら可能性は十分にあるな」
ダンジョンのゲートが現れたのはこの日本だけではない。世界中にダンジョンが現れ、日本よりも攻略が進んでいて、マジックアイテムについての研究が進んでいる国も数多く存在する。
ダンジョン内で手に入れることができるマジックアイテムのひとつに『解毒ポーション』というものがある。モンスターから受けた毒を解毒できるのだが、一部の病にも効果があることは日本でも発表されていた。
俺も万能状態異常回復ポーションは持っていないが、毒や石化などの状態異常を回復するマジックアイテムは持っている。だけどすでに他の状態異常回復ポーションなんかは試されているのだろう。
「その天使の涙はお金じゃ手に入らないのか? 金ならモンスターの素材やマジックアイテムなんかを売ればいくらでも――」
「金で手に入る可能性はあるけれど、問題は時間なんだ。この病の最大の特徴はその病の進行の早さらしい。治療用の機械を使って呼吸や全身に血液を循環させることはできるそうだが、それでもあとたったの4~5日しかもたないと医者が言っていた!」
「4~5日……」
「日本のダンジョンで見つかった天使の涙はすでに治療や研究に使われてしまってもうないんだ。海外のどこかの研究機関からそれを買えるかも分からないし、交渉の時間や海外からの輸送時間すべてを合わせたら絶対に間に合わない……」
「うっ……」
確かに国内に天使の涙が現存するのならば、金の力で入手することはできると思うが、それが海外となると話は異なる。
入手しやすいマジックアイテムならともかく、貴重なマジックアイテムについては国家間の権力的なバランスなどもあって、金をいくら積んでも手に入らない可能性もあるし、海外の人と交渉をして輸送する時間も考えたら4~5日でそれを入手するのは厳しいように思える。
「残る手段は、ヒゲダルマに頼んで天使の涙が出たというダンジョンに潜って宝箱を探してもらうことに賭けるしかないんだ!」
月面騎士さんの瞳からは再び涙が流れている。
「俺はそんな奇跡みたいな確率に賭けて、今日初めて会うヒゲダルマに命の危険があるダンジョンへ潜ってくれと
「………………」
「気付いているだろう? 他のリスナーのみんなと違って、俺は毎日ヒゲダルマの配信をリアルタイムで見ている。1日中家に引きこもってネットの掲示板や配信を見ているだけのただの引きニートなんだ! 俺は社会の役に立たたないごく潰しで、あれだけ母ちゃんに迷惑をかけておいて、自分の力じゃ母ちゃんのために何ひとつしてやれないただのクズなんだよ!」
誰かを怒鳴りつけるように、心の内のすべてを吐き捨てるように月面騎士さんは大きな声で叫んだ。母親がそんな難病を患った運命よりも、何もできない無力な自分自身に怒りを感じているのだろう。
「俺は……役立たずだ……」
そして彼は両ひざをついて崩れ落ちた。
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