第76話 交渉


「……なるほど、そういった理由でしたか」


「確かにその天使の涙というマジックアイテムはルーノアム病の特効薬になるってネットに書いてあるよ」


 3人に対して俺が天使の涙を探している理由を正直に話した。


 俺の大切な友人の家族が病気を患い、その病気を治すために天使の涙が必要なこと。そしてその病気の進行がとても早く、あと3日で死に至る可能性が高いということもだ。


「分かりました。そういった理由であるようでしたら、私たちは今から4日間50階層のボスモンスターには挑みません」


「本当か!」


「ええ、人命が懸かっているというのであればもちろんですよ。零士れいじも大和もそれでいいな?」


「うん。そういう理由ならもちろんだよ!」


「……けっ、そんな理由があるなら先に言えってんだよ、ボケ!」


「こら、大和! すみません、彼はちょっと口が悪いので」


「いや、こちらが無理を言っているんだし、そんなの当然だ。本当に感謝する!」


 どうやら3人とも俺の要求を受け入れてくれたみたいだ。人の命が懸かっているとはいえ、こんな無茶苦茶な要求を呑んでくれた3人には感謝しかない。


「……おい、てめえの連絡先を教えろ。天使の涙とかいうマジックアイテムはボスモンスターじゃなくても41~50階層の宝箱からでも出んだろ? もしもそいつが出てきたら教えてやる」


「えっ!?」


「どうせ今から4日間はボスモンスターに挑めねえんだろ。それならこの辺りの階層で宝箱を探してやる。経験値を稼ぐついでだから期待はすんじゃねえぞ!」


「ああ、助かる。ありがとう、本当に感謝する!」


 しかもボスモンスターに挑まないだけでなく、この辺りの階層で宝箱を探す手伝いまでしてくれるらしい。口調は悪く、少し怖い外見をしているけれど、この人は良い人みたいだ。


「横浜ダンジョンのこの階層付近を探索している探索者はほとんどが知り合いなので、彼らにも天使の涙というマジックアイテムを入手したらすぐに連絡をするように伝えておきます。それとこのタイミングでボスモンスターに挑む人はいないと思いますが、4日間は50階層のボスモンスターに挑まないように伝えておきますね」


「何から何まで本当にありがとう!」


 リーダーの那月さんは知り合いの探索者にまで連絡をしてくれると言う。俺の頼みを聞いてくれるだけでなく、まさかそこまで協力してくれるとは思わなかった。


「お礼なども後ででいいので、どうぞ先へ行ってください」


「早く行きなよ。時間がないんでしょ!」


「んなもん後でいいからさっさと行けって言ってんだろ、ボケ!」


「ああ! 本当に感謝する、この礼は必ずするからな!」


 零士さんも大和さんも本当に良い人たちだった。今回の件についてのお礼を渡そうとしたところ、そんなものは後でいいと言ってくれた。俺がこのままバックレる可能性だってあるのに本当に優しい人たちだ。


 世の中には俺を裏切ったあいつらや虹野みたいな連中もいるが、この人たちみたいに良い人たちもいるというのは本当に救われる。


 必ずこの人たちにお礼をすることを心に誓いつつ、50階層のボスモンスターのゲートへと進んだ。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……どうやら50階層のボスモンスターはデュラハンのようだな」


 ボス階層へのゲートをくぐり、撤退用のゲートがある部屋へと移動し、ボスモンスターがいる大広間への門を開くと、その中央には体長が3メートルほどある鎧を身に着けた人型のモンスターがいた。


 そしてそのモンスターはただのモンスターというわけではなく、首から上は存在せずその左腕に自身の頭を抱えていた。まだ大広間には入っていないため、デュラハンは大広間の中央から一歩も動かずにこちらを見ているだけだ。


「これまでのボスモンスターよりも小さいが、経験上小さい人型のモンスターの方が面倒なんだよな……」


 ここまでのボスモンスターであるキマイラやアースドラゴンの体長は5メートル以上あった。しかし、大宮ダンジョンの経験上、ダンジョンのボスモンスターは小柄な人型モンスターの方が面倒な傾向が多いんだよ。


 他のダンジョンの情報を集めて、その辺りの検証をしていた研究者もいたはずだ。ちなみに50階層という区切りで他のボスモンスターよりも一気に強くなるということではないらしい。


「武器は右手に持った大剣、防具は全身に着た金属製の鎧か……弱点はよく分からないな」


 時間は限られているが、ここから先このデュラハンを周回するわけだから、しっかりと観察をする。まずは情報を集め、より効率的にこいつを倒して周回するための行動パターンや弱点部位などを見極めるとしよう。


"おいおい、首がないんじゃクビチョンパできないぜ!"

"おっと、ここに来て最悪の相性のモンスターだ! 処刑人のピンチ!"

"斬首できないヒゲダルマはただのヒゲだw"

"ここまで信じられないスピードでダンジョンを攻略してきたヒゲダルマもここまでか……"


 高速で流れる一般配信のコメントを読んでいく。


 ……いや、別に俺も効率的だから首を狙っているだけだからな。とはいえ、リスナーの言う通り、デュラハンには首がない。さて、どうやって戦うかな。

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