第64話 役立たず


「ふざけんなよ!」


 崩れ落ちていた彼の襟元を掴み、無理やり立ち上がらせた。


「あんたがたとえ社会で役に立っていなかったとしても、俺にとってはどれだけの支えになっていると思ってんだ!」


「ヒゲ……ダルマ……」


 月面騎士さんは自分のことを役立たずだなんて言うが、俺はそんなことは絶対に認めない!


「俺の大剣の加工方法を調べて俺に教えてくれたのは誰だ? 67階層で初めて出てきた気配を絶って近付いてくるモンスターに気付いてくれたのは誰だ? つい最近も華奈と瑠奈がピンチだったことを俺に教えてくれたのは誰だ? 月面騎士さん、あんただろうが! あんたが軽い気持ちでコメントしてくれていたとしても、たとえあんたが憶えていなかったとしても、俺は全部憶えている! 俺は何度もみんなに助けられてきた!」


「うう……」


 確かにリスナーのみんなは軽い気持ちでコメントをしてくれたのかもしれない。だけどそれがずっとダンジョンに引きこもって、孤独に攻略をしていた俺の心をどれだけ支えてくれていたのかはきっと分からないはずだ!


 みんなが憶えていなかったとしても、俺はみんなから助けてもらったことを全部憶えている! すべてに裏切られて、すべてに絶望していた俺に優しく手を差し伸べてくれたことを俺は絶対に忘れない!


「それにあんたはずっと部屋へ引きこもっていたのに、母親のために俺へ直接会いにここまで来た! それがどれだけ勇気のあることなのか俺には分かる!」


 服のヨレ具合からしても、最近は新しい服を買いに外出すらしていなかったのだろう。だけど母親のために部屋を出て病院へ行き、初めて会う俺へ会いにここまでやって来た。


 それは普通の人にとっては当たり前で、簡単なことなのかもしれない。


 だけど、ずっとダンジョンの中に引きこもっていた俺には、それがどれほど勇気のある行動だったのか分かる。俺もダンジョンに引きこもったあと、初めてダンジョンの外の店へ出る時には外へ出られずに何度も引き返した。


「俺たちはお互いの名前すら知らないし、会うのだってこれが初めてだ。だけど、月面騎士さん。あんたは俺の命の恩人で、俺の大切な友人だ! 二度と自分のことを役立たずだなんて言うな!」


 それがたとえ月面騎士さん自身であったとしても、俺の大切な友人を馬鹿にされたようで腹が立つ。

 

「対価なんてもう十分にもらっている! いくらでも縋りつけ! あんたのためなら、俺は迷わず命をかけられる!」


「ヒゲダルマ……ありがとう……」


「任せろ! 必ず母親を助けるぞ!」


「ああ……!」


「さあ、まずは俺よりももっと頼りになる俺たちの友人へ相談してみよう」







「そんなわけで夜遅くにみんなに集まってもらったんだ」


「どうかみんなの力を貸してください!」


"当たり前だ! というか、言いづらかったのはよく分かるが、もっと早く頼ってくれ! @†通りすがりのキャンパー†"

"そんなの協力するに決まってるだろ、馬鹿にしてんのか! @ケチャラー"

"こら! 家族のことだし、ダンジョンへ潜ることになるなら、ヒゲダルマさんにも危険があることだし、直接会って話してからなのは当然だよ~ @WAKABA"

"私たちにできることならいくらでも力になります! これであの時月面騎士さんに助けてもらったご恩を返せます! @華奈"


「みんな、ありがとう……!」


 というわけで、俺よりも頼りになるリスナーのみんなに力を借りることにした。ありがたいことに夜遅くなのにみんな参加してくれている。


 月面騎士さんの詳細については伏せて、母親の命を救うために天使の涙がどうしても必要だということを伝えてある。今の配信もこちらのドローンのカメラはオフにして、月面騎士さんの姿は映さないようにしてある。


 月面騎士さんからはリスナーのみんなに助けを借りるなら、カメラの前で自分の口でそう伝えると言われたのだが、この限定配信は見られている可能性もゼロではないので、俺の方から頼んで姿や個人情報は映さないようにしてもらった。

 

"とりあえず、まずヒゲダルマはダンジョン協会のやつに電話してみろ。もしかしたら国内にまだ天使の涙が残っている可能性もあるし、今日誰かが手に入れた可能性もゼロじゃない。 @†通りすがりのキャンパー†"


「あっ、確かに!」


 確かにそういったマジックアイテムのことに関しての情報は俺たちよりもさらに詳しいダンジョン協会に聞くべきだ。ダンジョン協会がいろいろと怪しいことはあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。ちょうどひとつ貸しもあることだし、使えるものは何でも使おう。


"海外でも日本から近い国なら4~5日で間にあう可能性もあるし、それも要確認だ! @ルートビア"

"それと天使の涙が出たダンジョンの詳しい階層と他のダンジョンでも出たことがないかの情報も欲しい。 @XYZ"

"確かに! それと一応ルーノアム病に天使の涙が効くかの詳細と、そのままかけるのか経口摂取させればいいのかなんかの情報も必要! @たんたんタヌキの金"

"もしかしたら、天使の涙以外にもその病気に効果があったり、病気の進行を遅らせるマジックアイテムなんかがあるかもしれないね! @瑠奈"


「りょ、了解! ちょっと待ってくれ、メモを取る!」


 さすがみんなだ、頼りになるぜ!


"というか、ヒゲダルマならともかく、月面騎士がその辺りにすぐに気付けないということは、あまり休めてないんじゃないか? @†通りすがりのキャンパー†"

"ヒゲダルマならともかく、月面騎士が気付けないのは確かに問題だ! いや、家族が倒れたんなら当然か……とりあえず一通り落ち着いたら、月面騎士は一度休め! 休める時に休んでおかないと、本当に頑張らなきゃいけない時に倒れちまうぞ! @ケチャラー"


「うっ……確かにここ数日心配や調べ物をしていて、ほとんど寝られていない。分かった、落ち着いたら宿を取って休むよ。本当にありがとう……」


「………………」


 オッケー、みんな月面騎士さんを心配しているのはよく分かったから、ヒゲダルマならともかくはやめような!


 たとえそれが月面騎士さんを少し落ち着かせる目的であって、相手が鋼の精神力を持つ俺であっても多少は凹むからね! 俺もついさっきまで気が動転していて、深く考えられなかっただけだから!


 リスナーのみんなと作戦を立てつつ、俺はダンジョン協会の百武へ連絡をした。

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