第16話 恩返し


 リビングでテレビを見た後は、それぞれの時間を過ごす。

 彩音は宿題をやるといって、部屋に戻っていった。

 いっしょに勉強をするかと言われたけど、断った。

 彩音といっしょに勉強をするのも、それはそれで楽しそうだけど、僕にはほかにやりたいことがあった。


「こんな感じかな……よし……っと」


 僕はキッチンで、慣れない料理をしていた。

 昨日の夜も、お昼のお弁当も、彩音に作らせてしまっていた。

 彩音にばっかつくってもらってちゃ悪いので、これは僕なりの恩返しなのだ。

 今日は僕が美味しいものを作って、彩音を少しでも喜ばせたかった。


 しばらくして、彩音が夕食に準備に降りてくる。

 だが、夕食はすでに僕によって完成していた。


「あれ……。ご飯、いまから作ろうと思ってたんだけど……。これってもしかして……」

「そう、僕がもう作っておいたんだ! あまり料理はしたことないんだけど、僕なりにがんばったから、奥地にあうとうれしいな……!」


 僕がつくったのはカレーライスだった。

 まあ、そのくらいしか作れないってのもあるけど……。

 カレーライスだけは、唯一、作れる料理だった。

 昔母が作り方を教えてくれたのだ。


 彩音はしばらくの沈黙ののち、声をあげてよろこんだ。


「これ……弟くんがつくってくれたんだね……! お姉ちゃん、めちゃくちゃうれしいよ……!」

「ほんと? お姉ちゃんに、少しでも恩返しと思って。今日はがんばったんだ」


 彩音だって僕と同じ学生で、今日は学校でいろいろきかれて、疲れていただろうしね。

 同い年の姉弟なんだから、彩音にだけ料理させるのは問題だ。

 二人で助け合っていかないとね。


「あまりおいしいかどうかはわからないけどね……」

「ううん、弟くんが私のためにしてくれたってだけで、お姉ちゃんすっごくうれしいよ。さっそくいただくね?」

「うん、食べよう」


 二人でいただきますといって、カレーに手を付ける。

 うん、自分ではそこそこ美味しい気がする。


「うん、とっても美味しいよ!」

「そう、よかったぁ」


 これからは、僕ももう少しは料理できるようにならないとな。

 他にも、ゴミ捨てとか、やれる範囲で僕も家事をやっていかないと。


「でも、恩返しっていうけど、私なにもしてないよ?」

「そんなことないよ、昨日の夕飯だって、今日の昼だって……」

「それは私がやりたいからやってるんだよ。弟くんの喜ぶ顔がみたくてね。だから弟くんは別に気にする必要はないんだよ? ぜんぶお姉ちゃんに任せて、ずっとだらだらしてていいんだよ? 弟くんを甘やかすのがお姉ちゃんの仕事だからね」


 いやべつにそれはお姉ちゃんの仕事じゃない気もするけど……。

 世の中の姉って、もっと弟に厳しかったりするものだと、僕はきいている。

 こんなに弟を溺愛してる姉も珍しいだろう。

 まあ、ほんとうなら僕もめんどうごとは全部おしつけて、彩音に甘えたいところだけど――でも、僕は彩音をそんなふうにいいように利用するのは、なんか嫌だ。

 僕も彩音と対等に、姉弟として助け合っていきたい。

 

「じゃあ、僕もお姉ちゃんの喜ぶ顔がみたかっただけだよ。これも僕がやりたいからやっただけ」

「そっか、それなら大丈夫だね」

「うん」


 ご飯を食べたあと、彩音は食器をキッチンにもっていき、洗いはじめた。


「いいよ、洗いものも僕がやるから。お姉ちゃんはじっとしてて」

「ううん、このくらいやらせてよ。弟くんこそ、テレビでもみといてよ」

「じゃあ、お姉ちゃんが料理したときは、僕が洗い物をやることにするよ」

「それ、いいね。じゃあ、こんどからお願いするね」

「うん、そうしよう」


 洗い物が終わったあと、料理や掃除当番について話し合った。

 基本的には日替わりでやるんだけど、彩音のほうが週に4日と多めだ。

 僕は平等がいいといったけど、そこはお姉ちゃんに任せなさいと、彩音がきかなかった。

 まあ、ここはお言葉に甘えるとしよう。

 正直、家事はどれも得意じゃないしね……。


「ほんとうは弟くんのためなら、なんでもやってあげたいんだけどな。お着換えとかも手伝わせてくれないし」

「いや、さすがに着替えは自分でできるから……」

「もし、お姉ちゃんにしてほしいことがあったら、なんでもいってね?」

「うん、わかった」

「えっちなのでもいいよ?」

「いや……だめでしょ……言わないし……」


 えっちなお願いなんか、絶対にできないよ……。

 いや、本音では興味がないこともないんだけどさ……。

 さすがにそこは姉と弟だしね……。


「じゃあ、僕はお風呂入ってくるから」

「うん」


 僕はのちに後悔することになる――。

 なぜここで、先に彩音に風呂に入らせなかったのかと……。


 

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