第8話 お姉ちゃんってきっとこういうもの


 朝の支度を整えて、さてこれから先が大変だぞ。

 まず、僕らはこれから学校にいかなくてはならない。

 だけど、学校だぞ……?

 さすがに学校でお姉ちゃん呼びはないよな?


 まさか学校でも弟扱いしてこないよな?

 だけど、彩音のことだから、それも十分にあり得る。

 そして、学校に行く前に、まずは登校が問題だ。

 なにせ、僕らは同じ家から登校するんだから、明らかに怪しまれる。


 できればこのおかしな関係は、誰にも知られたくない……。

 けれど、彩音は一緒に登校しようとか言ってきそうだしな。

 一緒に登校するとこなんかみんなに見られたら、どんな風に思われるかわからないもんな……。

 よし、ちょっと早いけど、先に出よう。


 いつもは友達の「とも」と一緒に登校している僕だけど、今日は先に一人で行くことにした。

 ともにはlineで先にいくと伝えておこう。

 さすがに彩音はまだ準備中だよね。

 女の子は朝はいろいろ準備が必要だってきくしね。


 僕はそうそうに、家を飛び出した。

 家の扉を開けると、なんとそこには――彩音が立っていた。

 メイクもばっちりで、制服もきれいに着こなして、完全無欠のJKが、そこにはいた。


「って……なんでもういるの……!?」

「だって、弟くんと一緒に登校したいし……お姉ちゃん、はりきって朝早くから準備しておいたんだ」

「それにしても……待ち伏せされていたなんて……」

「えへへ、一緒に登校しよ?」


 彩音は、そう言うと僕の手を握ってくる。

 まさか、手を繋いで学校までいくんじゃないだろうな……。

 そんなの無理すぎる……勘弁してくれ……。


「ねえ、ほんとに一緒に行くの?」

「もちろんだよ。姉弟なかよくいっしょに登校するのって、素敵じゃない?」

「でも、普通の姉弟は手つないで登校したりしないと思うんだけど……」

「そんなことないよ! 家族なんだから手をつなぐくらい普通だよ!」

「そうかなぁ……むしろ家族で手をつなぐのって変な気がするんだけど……」


 僕がもっと歳のはなれた弟なら、話はわかるけど。

 同い年だぞ?

 彩音には僕がショタにでも見えているのか……?


「ほら、いこ?」

「彩音は、友達とかに見られて嫌じゃないの? 僕なんかと一緒にいるとこ……」

「え? なんで?」

「だって、僕は陰キャだし、彩音のようなキラキラしたグループとは全然違う。それなのに、こんな僕と手を繋いで登校って……どう考えてもおかしな目で見られるでしょ。人の目とか気にしないの?」

「弟君……め! め! だよ」

「え……?」

「そんなふうに卑屈になっちゃダメ。私の可愛い弟君のこと、悪く言わないでほしいな。それが自分のことでもね。私は弟君のいいとこ、たくさん知ってるよ? まだ家族になって一日だけど、でも弟君が優しいいい子だって知ってる。こんな私のことも、なんだかんだ言って愛してくれている。そんな弟君と一緒にいられて、私はうれしいんだから。誰にも文句なんて言わせないよ? 弟君はもっと、自分に自信をもって!」

「お姉ちゃん……ありがとう……。いや、まあ愛してはいないけど……」


 彩音は、僕を励ますと、ぎゅっと抱きしめてきた。

 僕の顔が、彩音のやわらかい胸に押し当てられて、うずまる。

 なんだかいい匂いだ……。

 とっても、癒される……。

 バブみってこういうことなのかな。

 お姉ちゃんってのも、悪くはないかもしれない……。

 僕のこと肯定してくれて、こんなふうにぎゅっとしてくれる人、他にいなかったな……。


 僕には母親がいなかった。

 だから、こういったぬくもりを知らない。

 そんな僕にとっては、うかつにもうれしいことだった。

 彩音は、こんな僕でも受け入れてくれる。

 彩音はそのまま、しばらく僕をぎゅーっとしてくれている。

 なんだかゆりかごに揺られて、子守歌をきいているような、リラックスした感覚になる。


 ああ、このままずっとこうしていたいくらいだ……。

 僕がお姉ちゃんパワーに負けて、ぼーっとしていると。

 くすくすという笑い声がきこえてきて、我に返る。


「あらあら、朝からお盛んね」

「いやだわ成瀬さんの坊ちゃん。朝から見せつけちゃって」


 近所のおばさんたちが、ニヤニヤ顔でこちらを見ている。

 わあああああああ。

 これはあらぬ誤解を与えてしまう……!

 いや別に、これはやましい意味のハグじゃないんだよ!

 しまった、うっかりお姉ちゃんを受け入れてしまっていた。

 しっかりしなきゃ。

 近所の人に破廉恥な人間だって思われてしまう。

 僕はあわてて、弁解する。


「あわわわわ! ち、ちがうんです皆さん! これは! 彼女は僕の姉でして。これは姉弟の親愛のハグでして……!」

「あら? 成瀬さんちにお嬢さんいたかしら?」


 おばさんAがそう言うと、近所のおばさんBが、説明を付け加えた。


「ほら、成瀬さん再婚したじゃない。奥さんのほうの連れ子よ」

「ああ、そういうことなのね。姉弟仲良くてほほえましいわねぇ」

「うらやましいわぁ、うちの子たちなんかもう喧嘩ばっかりで」


 なんか流れでおばさんたちの朝の雑談がはじまってしまった。

 僕はとりあえず愛想笑いして、その場を逃れる。

 てか、姉弟ならいいんだ。

 一応義姉なんだけど、おばさんたちにとってはそういう細かいことはどうでもいいようだ。

 みんな、義姉でもすんなり姉弟だって受け入れるんだな……。

 案外、僕が気にしすぎなのかもしれない。

 もう、彩音は正真正銘僕の家族なのだ。

 お姉ちゃんっていうのを、いいかげん受け入れるべきなのかも……?


「さ、いこ? 弟君? 学校おくれちゃうよ?」

「う、うん……わかった。お、お姉ちゃん……」

「あれ? 外ではお姉ちゃんって呼ばないんじゃなかったかにゃ?」


 彩音は、心底うれしそうな顔をする。

 もう、かわいいな。

 ずるいよ。


「もう、いいから。いくよ、お姉ちゃん」

「はぁい、弟君♪」

 

 僕らは手を繋いで、歩き出した。

 

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