第9話 僕って可愛いのか?


 学校へ向けて歩き出すも、かなり周りから注目されている気がする……。

 周りには何人もの同じ制服を着た生徒がいて、みんな横目で僕らのことを見ている、気がしてしまう。

 実際には、そこまでじろじろと見てくる人はいないけどね……。


 彩音は美人で、学校でも人気で、有名だ。

 だからそんな彩音と僕が手を繋いで歩いていると、どうしても目立ってしまうわけで……。

 当然、彩音と仲のいい人は話しかけてくるわけで。


 いきなり、後ろから女子生徒に話しかけられる。

 話しかけてきたのは、同じクラスの……ええっと、確か高橋さんだったっけ。

 高橋志津乃、彩音と仲のいいそこそこ可愛い子だ。

 明るくて、スポーツ系の陽キャ女子だ。


「よ! 彩音、おはよう」

「あ、志津乃、おはよう」


 高橋さんは僕の顔を見ると、


「彼氏……?」


 などときいてきた。

 僕と彩音じゃ、釣り合わないって思われているんだろうなぁ……。

 彩音は、すぐに否定する。


「ううん、ちがうよ」

「だよねぇ……じゃなんで手なんか繋いでるのさ」


 いや、すぐに否定されるのもなんかそれはそれで悲しいな……。

 それに、高橋さんも、「だよねぇ……」は酷いんじゃない?

 まあ、彩音と釣り合ってないのは、百も承知だけどさ……。

 彩音はすぐに付け加える。


「……それはね? シンくんが大事な弟だからだよ。弟くんが転ばないように、お姉ちゃんが手を繋いであげてるの」


 あーあ、言っちゃったぁ……。

 これ、高橋さん敵にはドン引きだろ……。

 いきなりクラスメイトが弟とか言っちゃってる奴、やばいもんな……。

 それに、いい歳して弟と手を繋いで登校ってのもどうなんだ……!?

 だけど、高橋さんは納得したという顔で、


「そっか! 仲いいんだね!」


 どうやら高橋さんは、あまり細かいことは気にしないタイプのようだ。

 てか、同じクラスだけど、高橋さん僕のこと認識してないのか!?


「あれ……? でも、シンくんって、苗字は成瀬だよね?」


 あ、よかった。ちゃんと認識されてる……。

 ていうか、高橋さん、ちゃんと僕の名前知ってくれているんだ。

 良い人だな……。


「彩音の苗字って霜月だよね? でも弟なんだ? ていうか、この前まで二人、そんな感じじゃなかったよね?」


 あ、やっぱりつっこまれた。

 ていうか、そこは僕も疑問だった。

 彩音と苗字違うし、でも姉弟ってことは公表するんなら、これから毎回このやり取りしないといけなくなるぞ?

 それはなんというか、ちょっと面倒だ。

 みんなにいちいち説明するのもなぁ。


「え? 私、苗字、成瀬だよ?」

「え……?」


 これには、高橋さんより先に僕が驚いた。


「え!? 彩音、苗字も変えたの……!?」


 てっきり、学校では苗字は霜月のままいくものだと思っていた。

 だって、あきらかに再婚したことが、周りにバレてしまうし。

 それに僕と同じ苗字になったら、いろいろとつっこまれるだろうし、厄介だ。

 苗字が別なら、誤魔化せたんだけどな。

 これはやっぱり、姉弟であることは隠しきれないよなぁ……。


「だって、私たちって家族なんだよ? 家族で苗字が別なんて、おかしいもん」

「そ、そうかもしれないけど……。彩音は嫌じゃないの? 慣れ親しんだ苗字が変わって……。しかも、僕と姉弟だってことがみんなにバレるでしょ?」

「嫌じゃないよ? それよりも、シンくんと本当の家族になれたって思えて、とっても嬉しい」

「そっか……」

「それに、みんなにバレたっていいよ。だってなにも問題ないでしょ? 私たちは仲のいい姉弟だってみんなに知ってもらおうよ。私、みんなに自慢したいよ。素敵な弟ができたんだって」

「まあ、彩音がいいなら、僕ももうそれでいいよ……」


 みんなに注目されるのは恥ずかしいけど、これはもう腹をくくるしかなさそうだ。

 苗字まで変わっているのなら、もはや隠すすべはない。

 彩音もずっとこの調子だし、もうなるようになれだ。

 まあみんな、再婚したんだなってことは、なんとなく察してくれるだろう。

 ただ怖いのは、男子からの目線だな……。

 クラスで一番可愛い彩音と、こんなにべったり仲良くしてたら、みんなからの嫉妬の目線がすごそうだ。


「ねえ、弟くん」

「はい」

「ていうか、さっきから彩音じゃなくて、お姉ちゃんでしょ? それか、彩音お姉ちゃん」

「えー……まじで学校でもお姉ちゃん呼びしないとだめなの……?」

「当然でしょ? お姉ちゃん、弟くんがお姉ちゃんって呼んでくれないとさみしいなぁ」


 彩音は可愛い声と顔で、僕にそうお願いしてくる。

 ああ、もう、可愛いなぁ。

 そんなに言われたら、断れないじゃないか。

 ていうか、学校でクラスメイトをお姉ちゃんって呼ぶって、どんな羞恥プレイだよ。


「もう、わかったよ、お姉ちゃん。これでいいんだろ」

「うんうん、弟くんは素直で可愛いなぁ」


 彩音は僕の頭をなでる。

 ちょっと恥ずかしいけど、不覚にもうれしい。

 僕ってちょろいなぁ。

 すると、そんな僕たちのやりとりを見ていた高橋さんが、大笑いしだした。


「あははははは!」

「なんで笑うのさ……?」

「だって、二人のやりとりが面白くって。二人ってほんとに仲良いいんだね。うらやましいなって」

「羨ましい……?」


 いったい僕らのなにが羨ましいんだろうか。

 僕は尋ねた。


「私も、シンくんみたいな可愛い弟くんがいたらいいなって。ちょっと思っちゃった」

「え……」

「あ、私日直なんだった。もう先行くね。二人とも、仲良くね!」


 高橋さんは、嵐のように去っていってしまった。

 ていうか、高橋さん、すっかり僕のことシンくんって、名前で呼んでるし……。

 今まで高橋さんから名前を呼ばれるような機会もなかったけど、いきなり名前呼びなのか……。

 陽キャってすごいなぁ……。

 でもまあ、成瀬だと、彩音も成瀬だから、ややこしいもんな。


 ていうか、僕が可愛いってなんだ?

 なんで高橋さんまで、僕を弟くん扱いしてくるんだよ……。

 僕なんか、背も低くて、細くて、ただの陰キャなのに……。

 僕は独り言のように、つぶやいた。


「僕がかわいい……?」


 うーん、わからん。

 女子の考えることはよーわからん。

 それとも、陽キャ女子ってあんなふうにだれにでも可愛いとか言うのか?

 まあ、よくなにかにつけてキャラとかに可愛いとか連呼してるもんな、女子って。

 てか、男子に可愛いってどうなんだよ。

 喜べばいいのか落ち込めばいいのかわからない。

 

 すると、彩音が僕の顔をのぞきこんで、


「うん、弟くんは可愛いよ?」

「ファ……!?」

「弟君は、誰から見ても可愛い、私の自慢の弟だよ?」

「いや、お姉ちゃんは特殊だからでしょ……」

「そんなことないよ! シンくんのことは、弟になるまえから、可愛い男の子いるな~って思ってたよ?」

「え…………?」


 マジか……。

 もしかして僕って、そこそこいい顔なのか?

 なんだか、可愛い女の子に可愛いって言われると、照れてしまう。

 ていうか、彩音ってそんな前から僕のこと認識してくれてたんだ……。

 なんかちょっとうれしい。


「だから、弟ができるってきいて、それが同じクラスのシンくんだって知って、うれしかったんだよ? 私だって、ただ弟だからって可愛いがってるわけじゃないよ。シンくんだったからだよ。シンくんが弟で、ほんとによかったよ?」

「彩音……。僕も、彩音がお姉ちゃんで、よかったよ……」


 これは本心だ。

 僕も彩音が家族になって、うれしかったんだ。


「いっしょだね。両想いだね!」

「う、うん……」


 そうこうしているうちに、学校へと到着した。

 学校へ着いたころには、すっかり他人からの目線ももはや気にならなくなっていた。

 何事もなく、僕らは教室に入って、それぞれの席に座る。

 一緒に教室に入ったので、多少見られたが、あまり気にはされていないようだ。


 それぞれの席に座って、始業を待つ。

 ふと、彩音の席のほうを見やると、彩音は手を振ってくれた。

 僕も手を振り返す。


 しばらくして、教室に先生が入ってきた。

 先生は29歳独身の美人女教師だ。

 名前は水瀬先生。


 そして入ってくるなり、開口一番、先生はとんでもないことをクラス全体にアナウンスした。


「えー、このクラスの霜月彩音だがな。霜月は親の再婚の都合で、今日から苗字が成瀬に変わる。みんな、これまでとかわらず仲良くしてやってくれー」


 アンタがバラすんかい!!!!

 なんちゅーことしてくれるんだこの教師!

 

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