第7話 二人目の死亡フラグ。

 ソードマジックファンタジーは、ありとあらゆるキャラが、死亡フラグを立てる。

 原作ではそれを楽しみながらプレイを進めていく。


 ある時は相棒が「俺がこの道を封鎖する。お前たちはいけ」、ある時はヒロインが「私、この戦いが終わったら――ううん、何でもない。後で言うね」と。


 豊富なキャラクターと濃密なストーリーが売りなのだ。

 重要人物が亡くなっても物語は続く。主人公が死ねばゲームオーバーだがが、それでもとんでもない数のフラグ、いや物語がある。


 そして――。


「寒いな……本当に今日だよな」


 俺は、とある山奥の辺境貴族屋敷にいた。

 正しくは、見守っている・・・・・・


 ここにとあるヒロインがいるのだが、今日の夜――殺される・・・・


 理由は完全な逆恨みだ。

 商売仇で大変になった貴族が金で雇った悪党ども。


 で、俺はそれを阻止するつもりだ。


「あいつらか」


 そんなことを考えていると、闇夜に動く男たちを見つけた。

 思っていたよりも多い、十人くらいだろうか。


 みんな見事に黒装束でこそこそしている。

 余計に目立つとは思わないが、はたから見てると滑稽だな。


 ――俺も動くか。


  ◇


「ここからは左右に散る。狙いは長女のルビィ・ストーンだ。誘拐ではなく、殺せ」

「「了解」」

「了――かっぁあっ!?」


 俺は、屋敷の裏口から侵入しようとしていた奴らの一人の首を切った。

 血が噴き出し、そのままピューと血がどくどくと流れて出る。


「な、なんだお前は!」

「俺か? 俺は、お前らに恨みがある男だよ」


 原作で俺はこいつらのことがクソほど嫌いだった。

 こいつらは金で何でもする悪党で、今回が初めてじゃない。


 時系列で考えると、もうすでに何十人も殺している後だ。


 原作では裁かれなかった悪党。


 だが俺はそれを許さない。


 少しだけ不安だった。俺は、人を殺せるのかと。


 だが杞憂だった。

 こいつらを見た瞬間、腸が煮えくりかえった。


 そしてある気持ちが沸いてきていた。


 ――楽しいと。


 あァ、俺はやっぱり、最低悪役のデルクスみたいだ。


 俺が首を切った男は絶命して、静かに命が途絶えた。

 残りは静かに剣を構える。


「気配を消すのは上手だが、大勢の前に出るとはな。――素人が」

「あァ?」


 てめぇ、俺がこのゲーム何回クリアしたと思ってんだ?


「通算千七百――」



 そのとき、先頭打者が俺に切りかかってくる。

 おいおい、こういう場面の台詞は言い切ってからの戦いだろうがッ!


 ヒラリとかわし、またもや首を一撃。

 ハッ、リミット先生の足元にも及ばない。


「がぁっぁっ――」

「二人目」


 原作でルヴィは無残な死に方をしていた。

 そんな事は、絶対にさせない。


「ガキがァッァァッアッ!」

「三人目」


 さすがにこの瞬殺っぷりで男たちも気づいたのだろう。

 

 俺に――勝てないと。


「威勢がいいのは最初だけかァ?」


 そしてそのとき、俺自身も驚くことが起きる。


【魔剣】のレベルが、Lv:21になりました。


 なんと、レベルが上がったのだ。


 魔物だけだと思っていたが、人と戦っていてもなるのか?

 いや、違う。レベルはあくまでも経験値だ。


 そうか、この戦いが、俺にとって凄く得難いものだったってことか。


 そしてそれは、更に加速した。


「四人目ッ!」


 続く四人目【特殊スキル:足音無音】のエフェクトが視界の端に現れた。


 ハッ、魔物だけじゃなく、人間でもスキルは得られるのか!


「はっはははっ、おもしろい。流石、名作ゲームだなァ!」

「な、なんだよこいつ!」

「やれ、ころせえ!」


 それから時間にして一分もないだろう。

 そこには、死体の山があった。

 だが1人だけ瀕死で残している。こいつに吐かせれば黒幕も終わりだ。


 我に返ったかのように心が落ち着いていく。


 右手の魔剣に目を向けると、まるで血を吸っているかのように禍々しく返り血を浴びていた。


 原作でも、魔剣を手にすると従者は興奮気味になると書かれていた。

 副作用みたいなものだろう。


 我を忘れないように気を付けないとな……。


 だが色々と新しい発見があった。いや、ありすぎるくらいだ。


 しかしこの屋敷を特定するのに時間がかかり、ここからは考えていなかったな。

 このまま放置するのも――。


「あ、あなたは一体……どうして……」

「え?」


 すると柱の横に、長い赤髪で、綺麗な顔立ちの少女が足を震わせていた。


 彼女が――ルビィ・ストーンだ。


 年齢は俺と同じ十五歳。原作では最初に死んだと明かされる。

 後に明かされるエピソードで数々の善行をしていたこともあって、ソドマいち不憫なヒロインだと言われた。


 それに確かに綺麗だ。


 てか足から何かこぼれ……え? 水?


「ひ、ひ、ひっ」

「……大丈夫か?」


 俺はゆっくり近づいて、持っていた服をかける。

 何も言うことはない。


 この光景は、怖いよな……。


「……ご、ごめんなさい。きたな――」

「そんなことない。すまないな、怖い思いをさせてしまった」

「……どうして私を助けてくれたの?」

「会話を聞いてたのか?」


 こくりと頷くルビィ。

 原作でかわいそうだったから、とは言えないよなあ。


「……俺はこいつらを追っていたんだ。悪いが、執事に頼んで何とかしてくれるか。それと――これを」


 俺は、一枚の紙を渡す。そこには、こいつらの本名と悪行が書かれている。


「これは……」

「調べ上げてたものだ。1人だけ生かしてる。これだけ調べていたら口も割るだろう。それじゃあな」

「あ、あの名前は――」


 俺は、格好よく後ろ姿だけ見せる。


「名乗るもんじゃないよ。――じゃあな」

 

 魔剣のレベルも上がって、原作で死ぬはずだった女の子を救う。


 素晴らしい。


 ああ、これからももっとがんばらないとな。



 ――翌日。


「デルクス様、客人が来られています」

「ん? 客人? 俺に?」


 自宅の中庭で剣を振っていると、エマがそう言ってきた。

 おかしい、俺みたいな小物悪党に友達はいなかったはず。いや、正しくはいただろうが、全員から嫌われている。

 

「はい。ルビィさんという、とても、とても、とてもとてもとても、お綺麗なお方です」

「え?」


 とてもが多い気がする。なんか怒ってる?

 ひとまず俺は急いで向かうと、そこには本当に彼女がいた。

 なんかすげえデカい馬車が後ろに控えている。

 そういえば金持ちだった気がする。


 え? なあぜなあぜ?


「デルクス様! 先日はありがとうございました!」


 突然抱き着かれてしまう。よく考えたら俺、上半身裸だ。しかも汗だく――。


「ちょ、ちょっと!?」

「――すぅすぅ、はあいい匂い」


 え、なんか匂い嗅いでない?

 急いで引き離そうにも、凄い力だった。なにこれ魔法?


 しかし頑張って少しだけスペースを作る。

 するとルビィは、上目遣いでうるうるした。


「……なんでここが」

「頂いたお洋服に、家紋が」


 ……そ、そういえばそんなものが……。

 すっかり忘れていた。元の世界でそんなものないもんな……。


「ありがとうございます! お礼もできずに……」

「あ、いや……。後は大丈夫だったか?」

「はい、私の命を狙った黒幕も全て投獄されました」


 まあそうだろうな。

 しかしバレたのは予想外だった。人知れず影の暗殺者みたいに救おうと思っていたんだが……俺も詰めが甘いな。


「この引き締まった筋肉、汗、ああ、デルクス様、本当に素晴らしいですわ」

「え、ええと……あの、できれば黙っといてくれるかな? 色々ちょっとややこしくなると面倒だから」

「謙遜までなさるなんて……わかりました。ルビィは黙っておきます。お家に上がってもよろしいでしょうか?」

「え、ええと――」

「デルクス様、お茶の準備ができています」


 するとエマが、後ろから声をかけてきた。

 何か怒ってるのか? いつもより声が低い。


「ああ、じゃあ……どうぞ」


 しかし相手も貴族様だ。さすがにこれで返すのも申し訳ないだろう。


 とはいえ何とも面倒なことになってしまった。


 しかしまだ死ぬはずの奴らは大勢いる。


 次はうまくやらないとな……。


「デルクス様のお家、素晴らしいですわっ!」


 けど、思ってたより明るい子だ。


 デルクスに転生してから、俺は自分が嫌いだった。

 屑みたいな奴で、その記憶も受け継いでいた。

 

 だが少しだけ自分が好きになることができた。


 これからも……頑張れるかもしれない。


「んーっいい匂い! デルクス様の匂いがしますわっ!」


 たぶん。

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