第28話 卵パンが食べたいです

「デルクスは、どうしてそこまで頑張るのですか?」

「頑張る?」


 いつもの日課訓練をしていると、横で見ていたルビィからそう尋ねられた。

 俺の行動理念は単純だ。


 大好きだったゲーム『ソードマジック・ファンタジー』で納得のできなかった『フラグ』をこの手で破壊したい。

 そして最後、魔王に殺されるとわかっている。

 だからこそ鍛えている。死なないように。後悔しないように。


 だがよく考えてみると、ルビィからすれば奇妙に映るのかもしれない。


 周りの支えのおかげだが、俺は学年で一位を死守している。

 それでも取り憑かれたかのように鍛えている。


 ルビィの存在自体も俺の行動理念の一つだった。原作での彼女の扱いを知って助けたかった。

 そしてそれが叶ったとき、心から嬉しかったからだ。


 木剣を置いて、ルビィの隣に座る。


「初めて会ったときのこと、覚えてるか?」

「……もちろんですよ。デルクスは、私を守ってくださいましたから」

「俺は元々弱かった。それでいっぱい後悔もしたし、自分を変えたいと強く思ってた」


 ゲームのことだが、俺自身のことでもある。

 怠惰で何もしなかった自分へのが歯がゆさもあるのだろう。

 言語化することで、知らない自分と向き合っている気がした。


「ルビィは、自分が誰かを助けられる力があれば、それを使いたいと思わないか?」

「力、ですか? ……そうですね。それはもちろん」

「俺は今、人より少し強いだろう。傲慢な考えかもしれないが、その分他人よりできることも多いと。だからこそ後悔したくないんだ。その場面を迎えたときに」


 遠回しな言い方かもしれないが、一点の曇りもない本心だ。

 ルビィは、少しだけふふふと笑う。


「いい考えですね。とてもデルクスらしいです。確かに私も助けられましたから、この質問はおこがましすぎたかもしれません」

「あ、いやそうわけじゃ……」

「でも……もっと楽しんでほしいのです。デルクスは他人のこと、先々のことを気にかけすぎています。今を生きてほしい、なんてだいそれたことは言いませんが、もっと笑ってほしいのです」


 そういって、ルビィは俺の手を握ってくれた。

 彼女は炎の使い手だからと、体温が少し高いと言っていた。


 だがじんわりと伝わる手の熱は、心の現れなんじゃなかろうか。


 命を助けられたからといって、ここまで良くしてくれることなんてないはずだ。


「ありがとう。そうだな……。実は俺、王都のパン屋が好きなんだ」

「あの二丁目のですか?」

「ああ、あそこの卵パンが美味しくてな。たまにエマに買ってきてもらってたんだが、最近食べてないんだ。良かったら今から行かないか? 用事があるなら今度でも――」

「ふふふ、行きましょう。デルクス」

 

 ルビィは立ち上がって、強く俺の手を引っ張る。

 もちろん満面の笑みだ。


 するとそのとき、エマが用事を終わらせて現れた。


「あれ、どこへ行くのですか?」

「ちょうど呼ぶところでした。デルクスがパンを食べたいというのですよ。エマ」

「パン? あの、もしかして二丁目のですか?」


 俺はなんだか恥ずかしくなって頬を欠く。

 ドラゴン退治を一緒にしたというのに、パンを一緒に食べに行きたい、というのが恥ずかしくてたまらないのだ。


「そうだ。あの卵パンが食べたくてな。エマ、一緒に来てくれないか?」

「もちろんですよ! えへへ、私もちょうど食べたいと思ってたんです」


 エマは、空いている左側の腕を掴んだ。

 そのまま何ともまあ恥ずかしいながらも並走して歩く。



 その日、三人で食べた卵パンは、人生で一番美味しいと感じたのだった。


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