第8話 観客+1

「デルクス様が、ルビィ様をお助けになったのですか?」


 エマが、目を見開いていた。

 俺は、ルビィから少し離れた場所で、彼女に事の顛末を話した。

 とある情報から手に入れた悪党を粛清したことにしている。


 いつも傍で支えてくれている彼女に黙っておくのは、申し訳ないと思ったからだ。


 当然驚いてしま――え? もしかいて泣いて……。


「ど、どうしたエマ!?」

「もし、もしデルクス様が取り返しのつかないことになってしまっていたら私は……耐えられませんでした。お願いです、次は私も連れていってください! 私なら、デルクス様のお力になれます!」


 ……まさか、ここまで思ってくれているとは思わなかった。

 次からは俺も反省しなきゃいけないな。


 いや……でも、俺結構強いんだよな。

 原作であの悪党も割と強い立ち位置だったはず。

 心配せずともやられないとは思うが……それにエマはメイドでか弱いだろう……でもまあ、反省はしなきゃいけないな。


「ありがとう。だが俺もエマを危険な目に合わせたくないんだ。だけどもし次があれば頼むかもしれない。それでも、俺は男だからな。あまり心配しないでくれ」

「……わかりました。ですが、本当に私も力になれますのでっ! デルクス様!」

「ああ、ありがとう」


 一人で孤独に戦おうとしていたが、そうではないとわかった。

 エマの為にも、怪我をしないようにしないといけないな。


「ルビィを待たせているから、戻るよ」

「はい! すぐに新しいお菓子をお持ちします!」

「ああ」


 応接間に戻ると、俺の上着をルビィがまるで赤ちゃんと抱くかのように抱えていた。

 落としたのだろうか?


 いや、よく見ると――。


「――すぅすぅ、ハァハァ」


 うんこいつ変態だ。

 すげえ嬉しそうにしている。 


「おい、何してんだ」

「え? ああっデルクス様!? 随分と長くいらっしゃらなかったので、おとなしく待っていました!」

「それが大人しくなのか」

「はい!」


 まあ確かに遅かった。家に入れたのに放置していた俺にも責任があるだろう。


 いや……あるか?


 その後、エマが新しいお菓子を持ってきてくれた。


「ルビィ様、どうぞ。西ブルアリ地方のお菓子です」

「ありがとうございます。エマさん」


 初めはどうなるかと思ったが、ルビィはメイドだからといってエマをないがしろにすることもなく、驚いた事に、途中で席に座らせた。


「え、で、でも」

「お二人が仲良いのはわかりました。私も色々聞きたいのです。ねえ、いいでしょう? エマさん」


 エマは、困惑しながら俺を見る。

 俺はこくんと頷いた。エマの表情が明るくなった。


 同年代の友達がいなかっただろうし、いいことだな。


「それで、デルクス様は、なんと一撃で倒したのですよ!」

「凄いですね! でも、お屋敷にいるデルクス様はもっと凄くて!」


 しかし話が俺のことばかりなのは、ちょっと困るが……。



「それではありがとうございました。楽しかったです」

「ああ、俺も楽しかった」

「ルビィ様、ありがとうございました!」


 帰るころには、エマとルビィはすっかり仲良くなっていた。

 こんな光景が見られるのは、俺が原作を改変したからだ。

 

 ……いいことだな、これって。


 帰り際、俺はその気持ちを伝えたくなった。


「またこいよ。エマも喜ぶ」

「わかりました、また・・



 ああ、俺のやりがいは、これだな。


 そう確信した日だった。


 だが――翌日。


「おはようございます。エマさん、デルクス様!」

「お、おう。おはよう、忘れ物か?」

「いえ、また・・来ました」

「そ、そうか」


 ルビィはやってきた。

 まあ俺が言ったのだからいいだろう。


 エマも嬉しそうだった。


 しかし――。


「おはようございます! エマさん、デルクス様!」


 翌々日、そのまたよく翌々日も、ルビィは現れる。


 いや、それはいい。

 それはいいが――。



「頑張ってください、デルクス様!」

「デルクス、頑張って!」


 中庭、二人の観客が、俺を見ながら応援している。


 だが俺は剣を握っていた、そしてその前には、リミットさんだ。


「女子の声援で、動きが鈍ってませんか?」


 いつものように鋭いレイピアで、凄まじい連撃を繰り返す。

 とはいえいつまでも弱いままじゃない。

 

 全てを防ぎ返すと、リミットさんは笑う。

 いつのものように、狂気に満ちた笑顔で、攻撃を繰り返してくる。


「ああっ! イイッ! デルクス様、あなたは素晴らしいッ! 女子の声援も力にかえれるなんてッ!」

「ち、ちがいますけどっ!? くっ――っ!」


 本当に関係ない。

 いや、むしろ恥ずかしいくらいだ。


 そのとき、魔剣のレベルがまた上がった。


 え、なにこれ。もしかして、女の子に見られながらっていうので経験値が増えたのか?


 ……魔剣、まだまだ分からないことが多いな。


 しかしこれはまだ始まったばかりだ。


 これから先、俺は強くなって、原作で悔しい気持ちになった奴らを助けていきたい。

 その為には、誰にも負けないようにならないとな。


「デルクス、がんばれー!」

「デルクス様、いけー!」


 ……そのたびに観客が増えるなんてことは……ないよな? ないか。


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