第32話 叶えたかったフラグ

 ブリジットの本分は暗殺者だ。

 雇い主であった貴族の敵を密かに殺す。


 今まで向かい合って戦うことなんて殆どなかっただろう。


 だがそうは思えないほど、彼女の動きは洗練されていた。

 一直線に駆けてきた後、目にも留まらぬ速さで2本の短剣を交互に振りかぶってきた。


 女性特有のしなやかな動き。

 煽ったのは冷静さを失ってもらう為だったが、裏目に出ているのかもしれない。


 あれ、ミスった?


 だが――。


「――なっ、お前どういうことだ!」

「さあな」


 しかし俺は『完全無敵防御』の10秒間を使用していた。

 初手から使ったのには意味がある。


 この戦いでの勝利は、彼女の心を折ることだ。


 圧倒的な力を見せつけることで、俺の言葉が真実だと叩きつける。


 全てを弾き返すエフェクト。

 彼女の心が折れていくのが、表情で分かった。

 だが9秒。ようやく俺は攻撃を返す。


 次は――『模倣』だ。


 魔剣は魔力消費が多いものの、それさえクリアすれば非常に便利な構築術式だ。


 片手剣、大剣、槍、イメージさえ鮮明であれば何にでも変化できる。


 今までは片手剣に慣れるためにあえて使っていなかった。

 だが、これからは違う。


 俺は2本の短剣を出現させた。

 それからブリジットの攻撃を『模倣』し、発動させる。


「な、私の!?」

「ああ、その通りだ」


 相手が強ければ強いほど『模倣』は意味を持つ。

 一時的ではあるが、その効果は十分だった。


 攻撃を受けそこなったブリジットが、肩にダメージを食らう。

 魔力防御が高いので致命的ではないのだが、精神的なダメージを負っただろう。


 更に近くでルビィとエマが待機している。

 彼女たちの魔力も感じ取れるはずだ。


 己の攻撃が通じず、返される。

 これほど屈辱的なことはないだろう。


 だが『模倣』は連続使用不可能だ。

 あえて距離をとり、ブリジットに再度猶予を与える。


「これで分かったはずだ。俺はお前を倒そうと思えばいつでも倒せる」

「……だからと言って信じる根拠にはならない。私は自分の力で妹を探す。信じられるのは、自分だけだ」

 

 うまくいくとは思っていなかった。

 だが仕方ない。

 

 ――力づくでやるしかないな。


 そのとき、俺の本気の目とブリジットの態度に気付いたのだろう。

 ルビィとエマが助太刀しようと魔力を漲らせる。


「ルビィ、エマ動くな。一瞬でカタをつける」

「はっ、舐められたもんだね。でも分かったよ。あんたの能力は常に使えない。だから時間を稼いでいるんだ」

「その通りだ。だが、そんなものに頼る必要はないと分かった」

「なんだと?」


 ブリジットは鋭く低く構える。

 俺が最初様子見していたのは、原作で彼女は恐ろしく強かったからだ。


 だが対峙して分かった。


 俺は――彼女を遥かに超えていると。


「――私は、負けない!」


 ブリジットが駆ける。

 本当に本気なのだろう。今までで一番の魔力だ。

 洗練されたしなやかな動き。自分以外は敵だと本気で思っている。


 だがそれが、たまらなくかわいそうだった。


「眠れ。俺が、お前の『フラグ』を折ってやる」


 ブリジットの攻撃を寸前で回避、リミット先生の動きを完璧に模倣できたが、能力なしでだ。

 そのまま峰打ちで一撃。

 彼女は、膝から崩れ落ちていく。


「ミリ……カ……」


 最後に捻り出した妹の名前は、愛情に満ちていた。


   ◇


「――ん……ん……みり――馬車?」

「ようやく起きたか。その様子だとずっと寝てなかったみたいだな。逃亡生活をしていたら当然かもしれないが」


 ブリジットが目を覚ます。

 馬車の中、ルビィ、エマがブリジットに回復魔法を付与しながら傷の手当てもしていた。

 治癒魔法は専門家じゃないかぎり回復速度を向上させる程度だ。


「……アブラグ家に連れていくのか」

「そういえば賞金がかかってるんだっけか。金貨10枚だったはずだ」

「ハッ」

「ブリジットさん、まだあまり動かないでください。怪我がひどいですわ」

「はい、横になってください。まだ先は長いですから」

「……そうか」


 彼女は諦めていた。それから再び眠る。

 すると、ルビィが不思議そうに尋ねてきた。


「デルクス、なぜここまでするのですか? 彼女とは初対面なのでしょう?」

「そうだな。でも、色々と知っていることがあってね。ルビィ、エマ、ありがとう」

「構いませんわ。さて、私が見ておきます。デルクス様、ルビィ様は少し眠ってください」


 エマが俺の頭を掴んで、強制的に膝に横にした。

 自分も疲れているだろうに。


「交代です」

「ありがとう、エマ」


 そのまま俺は、彼女の優しさに甘えた。


 南の街に到着した後は簡単だった。

 ブリジットが起きる前に探し出し、連れて来るだけだ。


 見つけるのも容易かった。原作で隠れ場所を知っていたからだが。


 馬車に戻り、布カーテンを開ける。


「ほら、来たぞ」

「…………」


 ブリジットは、まるで死刑台に送られたかのような表情を浮かべていた。

 だが外に出た瞬間、突然に笑顔になる。


 急いで駆け、妹のミリカを強く抱きしめた。


「ミリカ、ミリカ、生きてたのか! なんでここに!?」

「お姉ちゃん! 私、逃げ出して、それでここに……」


 ブリジット・パーカーは、原作で1、2を争うほど報われない悲しいエピソードだった。

 

 戦争孤児であるブリジットとミリカは、奴隷となりアブラグ家に買われる。

 最悪だったのは、アブラグは超がつくほどの屑貴族だったことだ。


 その後は奴隷として働かせる予定だったが、ブリジットの魔力がとてつもないことが発覚する。

 そしてアブラグは彼女を暗殺者兼護衛として教育を施す。

 だがあまりに強くなりすぎた結果、このままでは自分の身が危険だと気づき、妹のミリカを遠く離れた場所で監禁することにした。

 ブリジットは長い間、妹のために暗躍し続けていたが、ある日、ミリカが既にアブラグ家の手から離れていたことを知る。

 これはのちに、ミリカが隙をみて脱出していたからだ。


 だがミリカはブリジットの行方は知らされていなかった。


 アブラグ家に残る理由がなくなったブリジットは強行突破に出るが、彼女が外に出ると全てが明るみに出る。

 それを恐れた結果、ブリジットを殺そうとするも返り討ちに合うということだ。


 原作ではそのことを知らないオリヴィアがブリジットと対峙する。

 大罪人だと思っていたが、実は妹を人質に取られていただけなのだ。


 二人は結局勝負そこつかないものの、それがきっかけとなりブリジットは兵士に逮捕される。

 ひょんなことからそれを知ったミリカが姉と出会うのは、公開処刑場だ。


 そこでようやく事情を知ったオリヴィアはミリカと手を組み、この件に関わっていた連中を断罪する『ザマァ』物語が始まる。


 だが最終的に巨悪を倒しても、ブリジットは浮かばれない。

 

 俺はそれがたまらなく嫌だった。創作物では、致し方ない死が存在する。

 それを破壊しにきたのだ。


「ブリジット、後は俺がなんとかする。これは偽造の冒険者のカードだ。ミリカの分もある。その強さなら食うには困らないだろう。十年も経てば王都にきても問題ない。その時点で入国許可証の調べも変わるからな」

「なんで……なんでそこまでしてくれるんだ? 私とお前は、はじめてあったはずだ」


 違う。初めてじゃない。

 俺は何度もお前を救おうとした。

 大好きなゲームだからこそ、なんとかしたかった。


 俺は善人じゃない。致し方ないとしても、ブリジットは元々暗殺者だ。

 だがそれは妹のためだ。ゲームで作られてしまった悲しい結果だ。


 君に、妹に罪はない。


 俺が、全ての罪被ってやる。


「アブラク家に恨みがあってな。ひょんなことから知っただけだ。お前と会うことはもうないだろう。元気でな」

「……最後に名前を教えてくれないか」

「ビルス家のデルクスだ」

「デルクス、もしお前が困ったとき、私を呼んでくれ。この命が失う結果となっても、必ず力になる」

「妹を大事にしろ。それじゃあな」

「……お兄ちゃん、ありがとう!」


 そのまま俺は背を向ける。

 ルビィとエマには大方伝えていた。だがなぜそれを知ったのかまだは伝えていない。

 それでも彼女たちは信じてついてきてくれた。

 

 再び馬車に乗る。

 ブリジットとミリカは、俺たちが消えるまでずっと頭を下げ続けていた。


「デルクスはよくわかりません。何を考えているのかも。でも……これだけはわかります。私が好きになった人は、とても良い人でしたと」

「二人とも凄く嬉しそうでした。それが答えですよね」

「ありがとう、ルビィ、エマ」

「かまいませんわ。その代わり、今日は一緒に寝ましょう。ありがとうルビィといいながら、何度もヨシヨシしてください。もちろん、エマさんも一緒に」

「え! い、いいのですか!?」


 エマが、心配そうに顔を向ける。


「もちろんだ。でもちゃんとお礼をさせてくれ。じゃないと俺の気が済まないからな」

「ふふふ、楽しみにしていますわ」

「はい! ですねえ」


 それから俺はアブラグ家がいかに悪党だったかを匿名で提出した。

 それによりブリジットの件は、実質お咎めなしと判断された。


 数週間後、デルクス家に匿名で手紙が届いた。


 南の町にしか生えていない赤い花と、横顔だけしか写っていないが、とても嬉しそうに手を繋いでいる姉妹の写真だ。

 幸いにも冒険者をすることもなく、戦いとは無縁のお花屋さんで仕事が決まったという。


 ありがとう、とだけ添えられていた。

 俺はそれをルビィに頼んで燃やしてもらった。


「良いのですか?」

「ああ、やるべきことはやった」


 消えていく炎の灯火を見ながら、俺はまた一つ『フラグ』を折ることができた。

 

 これは究極の自己満足だ。

 破滅回避とは関係がない。

 だがこれこそが俺が頑張ることのできる理由でもある。


 二人の笑顔が、何よりも嬉しかった。


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