第21話 アクア・ミーティング

「アクア姉ちゃん、これ食べていい?」

「もう一つだけね。残りは明日」

「えー、もっと食べたいー」

「いま家が大変な時期だから、我慢しようね」

 

 私は貴族だけれど、お金持ちではない。

 昔は羽振りが良かったらしい父と、慎ましい生活ながらも節約を楽しむ母。


 弟と妹、私は家族が大好きだ。


 幼い頃から魔法が好きだった私は、今よりまだ裕福だった時代に魔法使いの先生に来てもらっていた。

 初めて教えてもらった魔法はよく覚えている。


「そうですアクア、それが防御シールドです。自分や、誰かを守る為にあるんですよ」

「……凄い」


 綺麗なブルーのエフェクト。

 守護の為だけに作られた精巧な術式に、私は一目ぼれした。


 反対に攻撃魔法はあまり好きになれなかった。

 見た目が嫌いだったのもあるけれど、他人を傷つけることは好きじゃない。


 もちろんそれでも誰かを守ることができることはわかっている。


「凄いぞアクア!」

「本当に、凄いわ!」


 ソードマジック学園の合格通知が届いたときは、家族総出で大騒ぎだった。

 父母はもちろん、妹や弟が喜ぶご馳走までいっぱい出た。


 でも私は、何よりも学費がかからないことが一番嬉しかった。


 頑張りたい。


 だけどその心が――すぐに折れかけてしまう。


「アクア、早く辞めたら?」

「邪魔」

「バカの一辺倒みたいに防御防御って、あんたそれしかできないわけ?」


 貧乏で弱小貴族、更には防御ばかりの私はすぐに目をつけられた。

 その理由はわかっている。

 私を虐めてくるリーダーが、試験で私に負けてしまったからだ。


 防御で時間切れ、ポイントで私が勝利した。


 父や母には言えず、私の心がすり減っていく。

 憧れと期待だった学園への気持ちが薄れていく。


 だけどその時、失いかけていた心を取り戻してくれたのは――。


「アクア、お前ならやれる」


 デルクス・ビルスくんだった。


 彼の噂は少しだけど聞いた事があった。

 粗暴で、あまり性格はよいとは言えない。


 だけど驚いた事に学年で成績はトップクラスだった。


 驕らず、偉そうにせず、前しか見ていない。


 私とは違う人種だと思っていた。


 けれども、私の防御が素晴らしいと褒めてくれた。


 そして、その技を使うことで――戦えるということも。


「いいかアクア、防御の利点は何だと思う?」

「……攻撃が通らないこと?」

「それは結果だ。過程を考えてみるんだ」

「……相手の攻撃を、じっくりと視ることができる」

「そうだ。自分の手の内は明かさず、相手の攻撃を一方的に視ることができる。それがどれだけ有利なのか、ここの連中はわかっていない。先生たは違うだろうが、それは俺たち学生が考えることなんだ」


 デルクスくんは博識で、何よりも否定しない。

 全ての魔法には意味があって、生活魔法ですら戦えると言っていた。


 私はそんな彼の言葉をいつしか心の底から信じるようになった。


 もちろん他をおそろかにするわけじゃない。

 だけど私の好きな魔法で、防御で、いじめっ子たちを見返したい。


「……はあぁっはあっ」

「アクア、やめるか?」

「やめない。――私の為にも、何よりデルクス君の為にも」


 一生懸命に時間を割いてくれる彼の為に、私は自分を肯定したい。


 そして私の訓練をしながらも、デルクスくんは私に防御を教えてほしいと頼んできた。


 その時だけは、私が師匠になる。


「デルクスくん、やめるか?」

「ハッ、よくいうぜ」


 だけど彼は決して諦めない。

 どれだけ苦しくても値を上げない。


 ある日帰り道、ルビィさんとエマさんが待っていた。


 二人の事は知っている。とても仲が良いのだ。


 怒られるのだろうか。


 でも、堂々としなきゃ。


「アクアさん。――ありがとうね」

「はい、ありがとうございます!」


「どういう……」


「デルクスは頑張りすぎるので、見ておいてあげてください」

「アクアさんのこといつも褒めてますよ」


 だけど二人は、私を気遣ってくれた。

 この学園で同級生はライバルでもある。


 でもそんなことは関係なく、気遣ってくれた。


 私はもっと頑張りたい。


 得意な魔法で、みんなをアッと言わせたい。


 家族にも、胸を張りたい。


「ほら……できたじゃないか」

「すごい……」


 私はアクア・ミーティング。


 得意技は防御シールド


「行くぞアクア、次の試験であいつらの度肝を抜かせてやれ」

「はい!」


 好きな物は甘いもの。


 好きな人は――デルクスくん。


 でも気持ちは伝えない。まだ、伝えられない。


 今よりもっと胸を張れるようになるまで、私は――もっと強くなる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る