第35話


 そんなわけでお城に住むことになった私です。


「すごいなぁ、城住みかぁ」


 荷物を取りに宿へ戻り、話をしたところ、ヨランさんはそう言ってわくわくした顔をしていた。


「私のお城ではないですし、居候ですから……」


 お仕事をもらってお城の部屋を借りるのではなく、あくまで雇われているバーゲル氏の付属物としてやっかいになるわけで。


「だが城に住むのは変わりないだろ? やっぱりさぁ、城といえば夜中に幽霊でも出ないか探検したりだな……」


「探検ですか」


 そそられる言葉だ。あの綺麗な白石の城が、月夜の中でどんな風に見えるのかは期待している。

 ちょっとだけ、慣れた頃に夜の散歩ぐらいはしてもいいだろうか?

 子供として保護してくれるなら、頼めばうなずいてくれそうな気がする。


 というか、14歳の今のうちじゃないと『探検したいので歩き回っていいですか?』と聞けないだろう。

 あと数か月で成人年齢だ。

 成人してからそんなことを言い出したら、「こいつは何を言ってるんだ?」ぐらいは思われそうだし。


 でも、避難が必要になったりした時のために、道とか熟知しておきたい。

 これは生家にいた時からの癖だ。

 何かの拍子に黒魔女だと発覚して、逃げる時のために、いくつもの脱出ルートを考えていたから……。


 今回もロイダール兵の出入りの問題で、お城に引っ越すことになったんだから、逃げ道を確認したり、開拓したりしておきたい。


 そんなことを考えつつ、荷物をまとめる。

 少し大きめの鞄一つにまとまるくらいの荷物しかないので、すぐ済んでしまった。

 これと、いつも下げている採取へ行くための水や食料を入れる鞄とだけが、私の荷物だ。


「用意できました」


「じゃあ行きましょう。お城まで送るわね」

「ありがとうございます」


 送ると申し出てくれたベルさんにお礼を言う。

 バーゲル先生は高齢なので、お城で待っているのだ。


「じゃあ俺も」


 手を上げるヨランさんの隣で、ラスティさんがうなずく。

 結局みんなで送り届けてくれることになった。


 街中は、いつも通りの人の出だ。

 歩きながらちらちら見るものの、ロイダール兵、もしくは神教の信者らしい人はいない。


「神教の信者って、わかりやすいものなの?」


 ベルさんが尋ねてくれたので、私は神教の紋章について話す。


「持ち歩くほどの人は、かなり強烈な信者です。もしかすると神教の教父とか教会兵だったのかもしれません」


「だからこそ、心酔している神を示す物を持ち歩いてしまった、ってことかな」


 ヨランさんがつぶやく。


「だと思います」


 だからこそ、私は怖い。狂信者は何をするかわからないから。


 ようやく城門へやってきた。

 城門前では、レジェスさんが待っていてくれた。


「お迎えに来たんですか?」


 ヨランさんがちょっと驚いている。私は内心でうなずく。

 案内人は城の私兵に頼むものだとばかり思っていたから。わざわざ公子がするようなものじゃないだろうし。


「リーザは客のような立場だ。使用人とは違うと城の中の人間に教えるのに、私が案内する方が楽なんだ。見てすぐわかるから説明の手間が省ける」


 手間を考えてのことらしい。合理的だ。

 使用人のみんなに通達はするのだろうけど、実際にお客さん扱いされるのを目にしている方が、わかりやすいだろう。


 そんな風に私は納得したのだけど、ベルさんは違うようだ。

 うふふと笑う。


「どうかしたか?」


 いぶかしげな表情のレジェスさんに、ベルさんが素直に申告した。


「レジェス様もけっこう気にしていたんですねって、思っただけですよ」


「預かるのだから、無用な混乱は避けようと思っただけだ」


「存じておりますとも」


 応じたベルさんの口調は、レジェスさんの言葉を信じているようには聞こえない。

 でもどうして? と思うが、よくわからなかった。

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