第5話
イタチが魔物なのかどうかはわからない。
もちろんこういった土地でも、動物は住んでいるだろうし……。集まったのも、人間である私の方が暖かいから、休むためにくっついていただけかも?
とりあえずお腹がすいたので食事にした。
食事は、パンやビスケット、保存食の干し肉と水。
私は少しずつゆっくり食べて、少量だけで済ませる。
ガルシア皇国まで、予定通りの日数でたどり着けるのかわからないので節約するのだ。
と思ったが、異質な場所に一人きりでいるから、緊張しているのか、食べ物が喉を通りにくくなっていた。
結局、腹三分ぐらいで済ませて残りを途中で鞄の中にしまった。
ふっとため息をついて、周囲の霧だらけの状態の世界を眺める。
眠る前よりも、なんだか怖さがさらに遠ざかった。
たぶん、イタチのおかげもあるだろうけど。
「夢……見たからかな」
うたたねの間に、私はどうしてか、この暗い白の領域の夢を見ていた。
全く別の人物として生きている夢だったのだ。
詳しいことはぼやけてわからないけど、あまりに皮膚感覚からその時の感情まで覚えている部分もある、あいまいな夢。
夢の中にいる自分は、今の私『リーザ』とは違う人物だった。
もう少し大人で、黒魔術を自由に扱って魔物と対峙することが多かった。
そして何かのパレードを見ていた。
パレードは英雄の帰還を祝っていたようだった。
そんなパレード、たぶんこの三百年はなかっただろうと思うのに。夢では色鮮やかに想像できて不思議だった。
そこから急に夢の内容は飛んで、魔物たちがあふれ出る場所で、魔物が人の町を襲わないよう、他の黒魔女達と一緒に、領域の外に待機して、魔物を抑える仕事をしていた。
町の人とも、普通に話していた夢も見た。
なんだか自分の記憶を反芻するみたいで……思い返すと妙な気分になってしまう。
そしてふっと、三百年前の黒魔女について考える。
その当時、黒魔女は忌み嫌われていなかったらしい。
沢山の人が魔物によって亡くなった。そして耕地もダメにされてしまい、人の国の中には、手っ取り早く食料をほしがって、油断していた他国に攻め込むところもあったぐらいだ。
夢の中の私は、そんな戦争で親を亡くした設定になっていた。
そういった子供もみんな、何かしら働き手として期待されていた時代だったので、魔法や剣など適性を調べられたうえで、それぞれの手に職をつけるようになっていた。
そんな中、私は黒魔術の適性があった。
弱い魔物ならば操ることができる。
だから、畑や町を守るのに、弱い魔物なら黒魔女だけで対応できたし、より強い魔物に対しては、操れる魔物を戦わせることで、助けを呼ぶまでの時間稼ぎができたから。
補助役ではあったけど、重宝されてもいたのだ。
やがて英雄が現れて、魔物が人を襲うようにしていた大元である、魔王と呼ばれる存在を倒すことができた。
そうして魔物は発生しにくくなり、魔物との闘いは小康状態という感じになっていった。
「いや、さすがに夢よね」
私はとにかく生き残りを考えないと。
なにせ今の時代は、黒魔女をとりまく状況が悪くなっていた。
たしか発端は、英雄を神の使者として列聖していた神教が、黒魔術は魔物を操り人を襲わせ、闇を操ることから魔王の術だと言い始めたのだ。
神教は少しずつ勢力を増していき、そのせいで黒魔女が迫害されはじめた。
彼女達は薬草知識と魔力で薬を作ったり産婆もしていた。亡き母も時々世話になっていた老魔女は、黒魔術が使えた。
薬草には黒魔術が使えると楽に採取できるものがあるらしく、そのため薬草に携わる者は黒魔術を使う人間がいたようだ。
魔女のほとんどが時代の流れを察して王都から逃げてしまい、残ると決めた者達も、ある日投げられた石で怪我をした後、真夜中のうちに逃亡したのだとか。
逃げた人たちは、ほとんどがガルシア皇国へ渡ったと聞いている。
再び私は歩き出した。
相変わらず薄明るい白い霧の中を、てくてくと。
しかし想像した以上に、魔物とは会わなかった。
影ぐらいは見るかもしれないと思ったのに、全く気配すらない。
「……霧で見えないだけ?」
想像してしまった私はぞっとする。
でもその後も、全く魔物の姿はなかった。
この霧で一番困ったのは、日数がわからなくなることだ。
太陽の白い光が見当たらない時は、たぶん夜なのだと思う。
でも雲がかかった時なのか、ふと見上げたら太陽が見つからなくなり、しばらく歩いた後で見上げると、天頂に見えるのだ。
霧の向こうに伸びている木の枝葉のせいかもしれないけど、おかげで時間の感覚があやふやだ。
だから時間ではなく、足が疲れると休憩をした。
すごくお腹がすいた時にだけ食事をして、もうこれ以上は眠くて辛くなったら、安全そうな場所を探して眠る。
というのを繰り返して過ごした。
幸い、寝る時に寒さや無防備になることを心配していたのだけど、その必要がなかったこと。
ハンナも薄い毛布を鞄に詰めてくれてはいたけど、足りないのではと思っていたのに。
「……今日は、またすごい」
薄く目を開けると、私の体はまた見知らぬ獣の灰色の毛皮に包まれている。
ちいさなイタチが集まっているだけなら、まだかわいい。でも今回はさすがに、私の体をすっぽりと一頭でくるんでしまえる大きさだ。
本体がどれくらい大きいのかを想像し、身震いしそうになる。
「だ、大丈夫。食べるつもりなら、きっとこんな風に雛みたいな扱いはしないよね?」
それでも不安になるのは、毛皮の色が白灰色だから……。
白の領域で、少しでも黒っぽい色が入っているのだから、間違いなく魔物だと思う。
今まで、あの灰色のイタチか、ウサギのような耳があるのに体は犬、みたいな小さな生き物が寄ってきていただけなので、油断していた。
私はそろりそろりと、毛皮の主を振り仰ぐ。
上を見たけど、先方は伏せているのか頭が見えない。
ならばと右横を見る。
ピンと立った耳が見えた。
やや細長い形の口……犬のような感じだろうか。その周辺は白かった。そこから頭全体を見て、うんとうなずく。
「オオカミ、かな?」
犬よりはやや荒々しい造形だし、犬というよりはオオカミなのかもしれない。
灰色のオオカミのような生き物は、私の十倍以上は大きい。
「よく見たら、胸から前足までも白い」
そういうカラーリングの犬が巨大化したような感じだ。
もっと小さかったら可愛いと思えただろうに。
このオオカミも、なぜ私のベッド代わりになってくれたんだろうか?
不思議には思うけど、人の言葉が話せそうには見えないし、早く離れよう。
(気まぐれで、お腹を提供してくれてるだけだったら、そのうち食べられてしまうかもしれない)
恐る恐る、オオカミを起こさないように起きて立ち上がる。
荷物だけ確認し、いざ北へ。
「きっと、あと少しでガルシア皇国のはず」
地図をハンナと二人で見て、王都から白の領域近くの村までの日数と比べて、四日あればガルシア皇国へ到着すると予想していた。
今回が、ぐっすり眠ること四回目。
日数の感覚がおかしくなっているけど、あと二回おなじことを繰り返せば、間違いなくガルシア皇国領へ入るはず。
「もう少しで休めるから、それまではがんばらないと」
自分を元気づけながら、歩き出そうとした。
でも思いがけず、ふらつく。
「あ」
転ぶのはまぬがれた。
でも膝をついてしまったら、なんだか立ち上がるのが辛い。
「どうして……」
足が笑ってる。震えて、上手く力が入らない。
早くこのオオカミみたいな魔物から離れなくちゃいけないのに。起きて、私が動けるとわかったら、獲物として食べてしまうかもしれないのに。
焦りでどうにかなりそうだった、その時だった。
――ひょい。
体が浮いた。
「……っ!?」
何が起こったのか、最初わからなかった。
次に背中からひっぱりあげられているらしきこと、そして灰色の毛の上に落とされて、自分が移動させられたことに気づく。
立ち上がった、あのオオカミの背中に。
「え、え、え、え?」
オオカミが、私を自分の背中に乗せた? なぜ?
わけがわからないでいると、オオカミはそのまま歩き出す。
「え、うそ」
とにかくそのあたりのオオカミの毛を掴んで、ころっと落下するのはこらえた。
オオカミの毛は綱のようにしっかりとしていて、私程度の力では抜けそうにない。そしてオオカミも痛くないのか、一切気にしていないようだった。
すたすたと進み続けるオオカミ。
やがて、少しずつ速度を増していく。
最初、私がたどっていた白の領域内の道を進んでいたので、たぶん北には向かっていると思うけど。
「ちょっ、これ、どうしたら?」
どこへ行こうとしているのか、全く不明だ。
でも私は、ただただオオカミに捕まり続けるしかなかった。
それも長く続かない。
オオカミの毛に捕まっていて、だんだん腕が疲れていく。ぽんぽん跳ねる馬に乗っているようなものだから、捕まっているのにも必死にならないといけなかったのだ。
「あっ」
弾んだ拍子に、荷物を落としてしまった。
「しょ、食料! 命綱が!」
思わず追いかけようとして――そこから意識がとぎれた。
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