第7話

「おい人だ!」


 どこからか声が聞こえた。

 次いで、人の足音がいくつも発生して、急に背後が騒がしくなる。


「ちょっ、どうしてこんなところに魔物が出てきたのよ!」


「とにかく大物だなっ!」


 急に大音声で魔物が吠えた。

 振り返ると、小屋のように大きな魔物を相手に、誰かが戦っていた。

 魔物が吠える度に周囲の霧が晴れるので、よく見える。

 男性が三人、女性が一人いる。

 剣で切り裂かれると魔物が吠え、合間を埋めるように女性が閃光を伴う雷を放つ。


「冒険者……?」


 剣や魔法の力で身を建てる人たちを、冒険者と呼ぶ。

 普通の人なら極力避けるだろう困難や、難しい依頼をすすんで受けることから、そんな風に呼ばれるようになったと聞いている。


 ガルシア皇国では、冒険者が白の領域に出入りしているのかもしれない。

 ロイダール王国では、神教が魔物を討伐しに行くせいなのか、冒険者自体が少なかったので、白の領域でも見かけることがなかったんだろう。


 冒険者たちに立ちはだかられたものの、魔物は彼らを振り切って前に進もうとした。

 私は慌てて道を外れて、近くの茂みで身をかがめたのだけど。


「……なんか、こっちを見ているような」


 魔物は戦いながら、じりじりとこっちへ向かっている。

 もう一度走って、遠くへ逃げようと立ち上がった私だったが、その前に、冒険者の中にいた少年が、魔物の前進を妨げる場所へ移動してくる。

 私からは背中しか見えない。


「一番小さいのに、大丈夫なのかしら」


 まだ十三歳の私が言うのもおかしいけど、彼の背丈は魔術師の女性をちょっと越したぐらいだ。

 だからあの淡い金の髪の少年は、十五歳とかそのくらいだと思うのだけど。

 そんな彼が魔物に一番攻撃されそうな場所にいるのに、他の三人は任せている様子だ。

 はらはらしながら見ていたら――。


「あっ」


 それ以上、何も言えなかった。

 少年の剣がふっと白い蒸気を発し、そのまま切りかかった結果、魔物が一瞬で真っ二つにされたからだ。


 かなり大きな魔物だった。

 それを一撃で……。


 他の男性二人と女性の魔術は、もしかして少年のあの攻撃をするために時間を稼いでいたのかな?


 とにかく魔物がいなくなった。

 とたんに、冒険者一行は私の方へ走ってきた。


「ほら、ここから離れなくちゃ。走って!」


 女性魔術師が私の手を引いて走らせる。

 勢いにつられて言う通りにする私に、赤い髪の男性が言う。


「魔物を倒すと、そこに他の魔物が寄って来るんだ! だから早く離れろ!」


 倒しただけじゃ済まないの!?

 私よりも魔物に詳しいだろう彼らに従って、まだ息が整いきれていないのにもう一度走る。おかげですぐ息が切れそうになったけど、魔物に襲われてはたまらないから、頑張って走って走って……。


「はい、ご苦労様!」


 手を引いてくれていた女性が立ち止まり、ようやく休むことができた。

 疲れ切って、私はぜいぜい言いながらその場に座り込んでしまう。


 久しぶりに、限界を超えて走ったから、もうこれ以上何もできない。

 だけど息が落ち着いてきて、私は休むことができる理由がようやくわかった。


 もう、そこは白の領域の外だったのだ。


 広い草原だった。

 柔らかな細い草が風に揺れて、緑の波のようだ。

 ところどころに木と、大きな岩が点在する場所。そして少し離れた場所に森や山の輪郭が望める。


 最初に白の領域に入った場所とはまるで違う。

 あの時は、うっそうとした林の中の道を馬車で走ったから。


「ここは……ガルシア皇国?」


 地図を思い出す。

 ロイダール王国側の村からだと、国境付近で見える山は、もっと遠くて小さいはず。

 首をかしげる私の顔を、魔術師の女性がのぞきこむ。


 彼女は波打つ黒髪の、艶やかな美女だ。

 こげ茶色の裾長のジャケットに、赤茶色の上着と黒の膝丈までのキュロット。しっかりとした膝までの革のブーツを履いていて、立ち姿もかっこいい。


 腰には短剣や、金属の棒とかポシェットを身に着けている。

 彼女は私が起きていることに気づいて目を見開き、微笑んだ。


「大丈夫? お嬢さん」


「はい、あの、ありがとうございました」


 まずは助けてくれたこの人たちに、お礼を言おう。

 すると赤髪の、がっちりとした体形の男性が首をかしげた。


「冒険者じゃないみたいだが、どうしてあんなところに?」


「まだ成人前でしょ? あなた」


 魔術師の女性が続けて言い、私に尋ねた。


「はい、あの、十三歳です」


 ガルシア皇国の成人年齢がわからないけど、年齢を言ってみる。


「ほらぁ、やっぱ未成年じゃないの。いくらアーダンの町のギルド長がザルでも、十六歳以下の子は冒険者に認定しないわよ」


 やっぱりガルシア皇国でも、成人年齢は十六歳らしい。


「例外がいたせいじゃないのか? それにしても子供がどうして……」


 一歩引いた位置にいる線の細そうな茶髪の男性が、独り言のように応じていた。細身なのに剣を持っているのだから、着やせする人なのかもしれない。

 彼はハンナがよく町を歩いている時に「私があと三十年若かったらねぇ」と言っていたような人だ。ハンナは『目の保養』だと言っていたな。

 ハンナは今、どうしているかな。無事に帰れただろうか。


 つい考え込んでしまいそうだけど、今は目の前のことに対処しないと。

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