第8話

「あの、あ……ごほっ」


 言い訳をしようとしたところで、変に唾を飲み込んでむせてしまった。

 目に涙を浮かべてせき込んでいたら、彼女が水をくれたので、飲んで息を落ち着けた。


「ありがとうございます、その、助けていただいたのに、水までいただいて」


 もう一度お礼を言うと、彼女が苦笑いする。


「あなた、絶食でもしていたの? 痩せ細って倒れていたからびっくりしたわ」


「え、たぶん食べてた……と思うんですけど」


 節約しなくちゃいけないと思って、水を数口、干し肉一切れにビスケット三枚。毎回それだけは食べていた。お腹が空く度に口にしていたから、日に五回ぐらいは食べていたと思うのだけど。

 でも、女性の言葉に首をかしげる。


「痩せ細ってる? ですか?」


 たった三日ぐらいでそんなになるものだろうか?


「頬もこけてるし唇もカサカサで、あきらかに水分が足りてなさそう。鏡でも見る?」


 彼女は親切にも、荷物から小さな手鏡を出して差し出してくれた。

 小さいものだけど、ガラスの鏡だ。だから自分の顔がよく見えた。


「うわ」


 自分の顔にドン引きした。

 本当に頬がこけてる。病気で食べられなくて、三日絶食した時みたいな状態だ。あの時は絶食後にもたくさん食べられなくて、ようやく起き上がれるようになって見れば、ちょっと予想外なまでにがりがりになっていたのだ。

 でも食べてたはずなのに……。


「そうだ。白の領域に入る前から、食欲がなかったから……」


 馬車での一週間の旅の間も、あまり食がすすまなかった。

 なのに白の領域に入ってからも節約してたし、ずっと歩いていたから……。

 考えてみれば、水の量も少なかったかもしれない。


「これからはなるべく、お水だけでもケチっちゃだめよ」


 優しく言われる。私にも理由があったのだ。……と彼女に言ったところで、どうしようもない。

 だから「はい、そうします」と答える。

 それよりもするべき話があった。


「それで……すみません、お礼を差し上げたいのですけど、あまり沢山の物は持っていなくて」


 助けてもらったのならお礼をするべきなのだけど、どうしよう。

 対価はいくらぐらいになるのかわからない。なので素直に聞いてみた。


「どれくらいお支払いしたらいいでしょう?」


「んー」


 悩んだ魔術師の女性が、視線を他の人に向ける。

 その人がこのグループの行動決定者なのだろう。誰なのかと思って見れば、そこにいたのは、少年だった。


 真正面から見て、驚いた。

 ちょっと目を見張るぐらいに、容姿が整った少年だったから。

 切れ長の青い瞳は冷たそうだけど、淡い亜麻色の髪がそれを緩和させている。金髪だと思ったけど、白い霧の中で少し色の認識がおかしくなっていたようだ。


 着ている物は、麻素材らしいシャツに黒のジレとズボンというありふれた物だったけど、そんな姿でもなぜか気品がある。


 ……貴族?


 疑問に思いながら見ていると、女性が少年に話しかけた。


「どうなさいますか? レジェス様」


 少年はレジェスという名前らしい。


「こちらとしては、遭遇した魔物を倒しただけだ。たまたまそこに彼女がいただけで、助けたからといって特別お礼をしてもらう必要はないよ、ベル」


「まぁそうですよね」


 ベルさんという魔術師の女性は、うんうんとうなずく。


「そういうわけだから気にしないで?」


「でも……」


 やり過ごすこともできたのに、危険なことをしたのだ。何もないままというのも、申し訳ない。


「むしろ、子供からお礼をもらうのもどうかと思うからなぁ」


 赤髪の男性は、ははっと笑う。

 快活そうな人だ。


「そうそう、俺たちは白の領域の中で魔物を倒したり、珍しい品を採取してる冒険者だ。俺はヨラン」


 彼は自己紹介してから、次に仲間を指さしていく。


「ベルと、ラスティ、そして俺たちの依頼主のレジェスだ」


 茶髪の人はラスティさんという名前だった。よし、覚えた。


「リーザといいます」


 私も名乗ると、みんなわかったというようにうなずいた。

 次いで、レジェスさんが私に質問してくる。


「それでリーザ、君はどうしてこんなところに? 冒険者でもなさそうだが」


「た、旅をしているのですが……。人さらいなどを避けるために、白の領域を通っていました」


「旅……」


 ラスティさんがぽつりとつぶやき、私の服装を見ていた。

 旅というには軽装すぎたからだろう。

 村娘のような質素な身なりだけど、これは旅装とは違う。ハンナが用意してくれた着替えだ。ガルシア皇国へ行っても、貴族のようなみなりをしていたら、悪人が寄ってきて身ぐるみはがされるかもしれないから、と。

 靴だけはしっかりとした編み上げのブーツだけど。


 そして荷物は、鞄を一つ斜め掛けにしているだけ。剣どころかナイフも持っていない。


 さっきので、私には攻撃魔法なんて使えないこともわかっただろう。

 こんな旅人はいない。


 でも訳ありだと考えたのか、それ以上、ヨランさんは追及せずに話を続けてくれた。

 優しい人だ。


「そうか……。どこまで行くつもりだったんだ?」


 頭の中で地図を思い出す。


「ミルテ村を目指していました」


 国境を越えてすぐの村だ。この質問に対する答えで、今自分がどこにいるのかわかる。


「ここはミルテからは離れた場所だ。アーダンの町の側だぞ?」


 どこの場所にある町? 見たような見なかったような。でもロイダール王国内にはなかった気がするけど、似た名前もあったような。

 ガルシア皇国への国境を通過した付近の村の名前は多少記憶してるんだけど。


 今すぐ地図を見たいけど、そんなことをしたら不審に思われそうで、怖くてできない。

 でもアーダンがミルテからどれくらい離れているのかわからない。

 首をかしげた私に、ベルさんが教えてくれた。


「ちょっとどころじゃないわ。アーダンはミルテ村から町三つ分は離れた北にあるのよ」


「町三つ分!」


 ミルテと近くの町までしか覚えていない。だから三つも離れた場所なんて見ていなかった。そこまでぎりぎりの食料で歩いて行けるわけがなかったから。

 にしても……。


「北!」


 ちゃんと私、北に移動しているみたい! しかもそれって、ガルシア皇国内だ!

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