第39話~領主とレジェス
「無事に解決して、良かった……」
執務室の椅子に座るなり、ぐったりと背にもたれる領主。
レジェスはその様子に苦笑いする。
「母上、お疲れ様です。大丈夫だったでしょう?」
「あなたの言った通りだったわ、レジェス」
同意したうえで、領主はふっと笑みをみせた。
「バーゲルが今日中にちゃんとしないんじゃないかと思って、心配でついて行ったんだけど。あの子の方にも妖精の知識があったらしくて、バーゲルも少し安心して話せたみたいね」
「妖精のことも知っていたんですか?」
「ええ」
領主はうなずく。
「知人に、妖精族の血を引く身内がいる人物がいたらしいわ。黒魔術が必要らしいということも」
「そこまで知っているのは珍しいですね。でもバーゲル氏への理解が早かったのは、幸運でした」
室内にいなかったので、レジェスは詳細を知らなかったのだが、まさかリーザが妖精族について知識があるとは思わなかった。
レジェスの言葉に、領主もうなずく。
「素直そうな、あくどいことを考える人ではなさそうだし、それも確認できて良かったわ」
「城の中に入れるのですから、そのあたりを確認されるのは当然だと思います」
うなずくと、領主が小さく笑う。
「何か違いましたか?」
「ええ。彼女の人となりを知りたかったのは、可愛い息子の周囲にいる人物を、見極めておきたい気持ちからだったもの」
レジェスは困惑する。
「私も、その確認を怠ったことはありません」
「もちろん、そうだと知ってるわ。でも気になるし、自分でも確かめておきたくなってしまうのが親心なのよ」
許容してちょうだい? と言われて、レジェスはため息をつく。
信頼されていないわけではないと知っているが、そうして親らしい愛情を示されることに、どこかまだ慣れていないのだ。
「それにしても、ひどい状況の国から逃げてきたわりには、素直な子だったわ」
「周囲にいる人間が良かったのでしょう。妖精族に関わって、黒魔術について恐ろしいことばかりではないと知っている人間がいたようなので」
「それでも、家族が支えてくれたわけではなかったのでしょう? なのに曲がらずにいたなら、本質的に真っすぐな子なのでしょう」
領主の言うこともわかる。
家族ならば、本人が縮こまって動けなくても、気づいて保護できるだろう。
でも他人にはそれができない。
優しくないとか、そういうことではないのだ。
他人の方にも家族がいる。彼らや、自分自身を優先して生きているのだ。
リーザの問題はあまりにも深刻すぎて、全面的にかばってやることはできなかっただろう。そうなれば、助けようとした人間自身や、家族の命まで危険にさらすからだ。
自分の一生を捨ててまで助けるなんて、目に入れても痛くないと思っている親か、一生を添い遂げるくらいに愛した人間だけだろう。
もしくは……。
「ただ幸いに、偏見がない国に逃げることができました。そして私たちには多少なりと権力と、リーザとの利害関係がありますから」
レジェスの言葉に、領主はうなずく。
「そうね。これで城の問題は片付いたのですから、ロイダール王国への対応を進めないと」
「派遣した部隊はどうなりましたか?」
「……南端の町から、報告がないのよ」
レジェスは表情を険しくする。
「連絡を阻害されているのでしょうか? 三日前に、あちらからの商人は来ていましたが」
軍関係の連絡だけを断つ作戦に出ているのなら、市民にまでは影響が及んでいない可能性がある。
「その可能性が高いかもしれないわ。アーダンとの間にある中継点になる村は、まだ無事みたいだし、ひそかに逃げ出させた町の人間たちが集まりつつあると報告があったわ。そして、アーダンの近くにまで兵が来ている……」
「町を征服してから来たわけではない、ように感じられますね」
「そうね、大規模な戦闘で町や村を占領したのなら、また別の連絡が来ているはずだから。なので、ロイダール王国がいつもの紛争とは違うことを計画しているのは間違いないわ」
不穏な動きに、二人とも黙り込む。
ここで相手の意図を解明し、手を打たなければアーダンの地は壊滅するだろう。
「紛争ではなく、本格的な占領を意図しているのでしょうか?」
「可能性はあるけれど、それにしては動きがおかしいわ。集める兵の数も少ない」
領主が言っているのは、白の領域を移動してくるロイダール兵の数のことだ。潜入させるだけなら十分だが、攻め込むには少なすぎる。
「そのあたりも兵士長たちと検討しましょう。場合によっては、またベルたちに頼むことになるかもしれません」
「わかりました」
うなずき、レジェスは領主の執務室を後にする。
この後はまた見回りに行くつもりだった。
階下に降りたところで、メイドたちが少し離れた台所近くで話をしていたのが聞こえる。
「ねぇねぇ、見た? バーゲルさんの弟子」
「女の子が来ると思わなかったわ! 誰よ男の子だろうって言ったの」
「私は、あのおじいさんを担げる男じゃないかって言ったのよ! 冒険者を雇って外へ出る時も、背負ってもらってることあったじゃない?」
「年だもんねー」
「住み込みってことは、満月の日の悪魔を見て怖がって逃げたりしないかしら……?」
「やだ、あの子まだ子供でしょ。夜中にわざわざ悪魔を見に起きたりしないわよ」
「私があの子の年齢の頃は、こっそり真夜中前にあいびきしてたわよぉ」
「そういえば若様がお迎えに出てたわよ」
「え、そうなの!?」
そんな会話に、レジェスは思わず足を止めて耳を澄ませてしまう。
「ほら、やっぱりバーゲルさんは足腰弱ってて、かわいそうで出迎えを買って出たんじゃない? 若様ったら情け深いから……」
「若様ってさ、けっこうあのおじいちゃん先生のこと、好きよね」
「おじいちゃんっこなのかしらね?」
レジェスは脱力しかける。
いろいろと気を遣ってやらなくてはならないことがあるから、領主の代わりに行動しているのだが。
おじいちゃん子に見えていたのか、私は、と心の中でつぶやく。
「そういえばあの子、前に来た時は冒険者の女の人と一緒だったわ。ほら、うちの兵士にもけっこうファンが多いあの人」
「ベルさん?」
「いいわよねー。私、冒険者になりたかったから、夜にこっそり近所の森探検したことあるな」
「だからあなた、腕力あるの?」
「まだあきらめてないわよ私? お金貯めたら次はロングソード買うのよ」
「お嫁に行くのが遠くなりそうなことを……」
「だってなんか国境あたりが不穏なんでしょ? 備えなきゃ!」
「た、たくましいわ」
おしゃべりを一通り聞いて、レジェスはその場を離れる。
「まぁ、そんなに人目を引いていないみたいで良かった」
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