第40話
新生活は穏やかに進んだ。
朝、バーゲル先生の研究室に食事が運ばれるので、着替えなどを済ませてそちらで食べる。
そのままバーゲル先生と、黒魔術について知らない部分を教えてもらう。
昼、研究室で食事。
その後は「子供は外で運動するべき」というバーゲル先生の方針により、庭や城の中を散策。それだけでずいぶん歩くので、運動不足にはならないだろうと思う。
そのまま夕食までは自由。
また研究室で食事をして、部屋に戻って眠る。
実家にいた頃よりも、ずいぶんと自由な生活だった。
食事はこの地方に多いトマトやミルクの煮込み料理にパンで、とてもおいしい。
洗濯もバーゲル先生の物と一緒に、城のメイドさんたちがやってくれる。
一週間もしないうちに生活に慣れていった私だったが、だからこそ思う。
「私……なにしよう」
保護されてる子供なのだから、そんなこと考えるなと言われそうだが。
いずれ早いうちに独立することになる身だ。
黒魔女としての仕事ができないことは、バーゲル先生に教えてもらってますます痛感しているので、なおさらに悩んでしまうのだ。
私にできることって何だろう。
「せいぜい、魔物が寄ってきてくれることぐらいよね……。あと、魔物のおかげで珍しい物を採取できること?」
そんなことをつぶやいていたからか、バーゲル先生が外へ採取に行くと言い出した。
「リーザよ。お前さんがどう魔物に好かれるのか、実際に観察してみたい」
「でも先生、ロイダール兵が白の領域に入り込んでいるので、危なくないですか?」
「研究に戦争なんぞ気にしていられん。わしは生い先短いのだから、収まるまで待つ時間が惜しいのだ。それに、避ける方法がある」
バーゲル先生はそう言って、さっさとなじみの冒険者を呼び出した。
そして翌日。
外歩きができる格好で待っていたら、ベルさん達がやってきた。
「久しぶりリーザ!」
ぎゅっと私を抱きしめてくれるベルさんに、私も抱きしめ返す。
ほんの数日会わなかっただけなのに、まっすぐに好意を示してくれるベルさんと再会すると、それだけで気持ちが穏やかになる。
「お久しぶりです! また会えて嬉しいです!」
「可愛いこと言うわねぇー。今度は用事がなくても会いにいくわ!」
「ほんとですか! 約束ですよ!」
喜びのあまりそうねだりながら、私、ベルさんとの交流に飢えてたのかもしれない……と感じる。
バーゲル先生がいたから、寂しかったわけじゃないんだけど、やっぱり女の子との会話っていうのからしか取れない栄養っていうのがあると思うのだ。
それに私が少々引っ込み思案なせいか、お城で働いている女性たちとの交流もほとんどないのだ。
どうしてもあれこれと考えすぎてしまうため、ベルさんみたいに先方から突撃してくれないと、仲良くなるきっかけがつかめない。
食事も、バーゲル先生の研究室にさっと置いてさっと去ってしまうし。
洗濯なんかに関しても、決まりやそれぞれのやりやすいようにルートができてるだろう物を、私が入って行ってかき回していいものかどうか……。
自由時間はメイドさん達も仕事中。
夜には「子供は早く寝るものだ」とバーゲル先生は言うし、城内を見回っている兵士にも、危ないからと注意されるのでうろつくわけにもいかない。
だからどうにも、女性との会話が少なかったのだ。
「俺たちも忘れないでくれよ、リーザ」
ヨランさんとラスティさんがベルさんの数歩離れた後ろにいる。
「お二人も、お久しぶりです! お元気そうで良かったです!」
挨拶すると、「おう」と返してくれるヨランさんは、近所のお兄さんという感じがする。
ラスティさんはいつも通り、黙ってうなずく。
寡黙なラスティさんとも、先日の白の領域行きぶりだ。怪我もなにもないようで、なにより。
「それでバーゲル先生、今日は白の領域だって?」
ヨランさんの問いにうなずくバーゲル先生。
「北の方に行く。そこならばロイダール兵も用はないだろう」
「ああ、飛び地ですか」
「飛び地って何ですか?」
白の領域の飛び地? 首をかしげた私に、ベルさんが笑う。
「町の西じゃなくて、北にぽつんとある場所なのよ。行ってみればわかるわ」
というわけで、城を出発した。
足腰が弱っているバーゲル先生は、山羊に乗る。
馬よりも高さがあまりないので、自分で乗りやすいそうだ。
「白の領域に行くなら、自力で逃げられるようにせんとな。そのためにもぱっと乗れる高さの生き物の方が良い」
山羊は先生が飼っている。
一日一度はヤギの世話をしに行くので、ヤギが好きなのかと思ったら理由があったようだ。
他の人たちは馬に乗った。
私はベルさんと一緒に乗せてもらい、ぽくぽくと城を出て進む。
城門は北側を使う。
すると、すぐに町を囲む壁の向こうにも出られるのだ。
城の北には少しだけ畑が広がっているだけで、壁との距離がごく近いせいだ。
そこから伸びる道は、土を固めただけのものだった。
通る人はいるものの、整備されているわけではないらしく、馬車が轍を作らない中央や端には短い草が生えている。
その先は、山が見えるのだけど……。
本当に、飛び地って何だろう?
首をかしげていた私だったが、それから一時間もしたところで謎が解き明かされた。
山のふもとにある谷間のような場所。
そこに、白い霧がたまっていた。
なるほど。これが飛び地らしい。
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