第31話

 アーダンの町に入ったところで、レジェスさんとは別れた。


 彼は家である領主の城へと向かう。

 その後は先ほどの件について、親である領主に報告するのだと思う。

 私は、ラスティさんと一緒にベルさんのいる宿へ向かった。


「あの、ベルさん達はラスティさんのお仕事のこととか知っているんですか?」


 知っていれば、包み隠さず話せばいい。

 でも知らないのなら、ラスティさんと話をすり合わせておきたかった。


「ある程度把握はしている」


「あ、良かったです。どう説明なさるのかと思っていたので。では、ロイダールの件も隠さなくても良い感じですか?」


「ああ」


 言葉少ないながら、ラスティさんは全て返答してくれた。

 そうしてベルさんたちがいるはずの宿へやってきた。

 私に紹介してくれた宿から、ほんの少しだけ離れたところだ。


 たぶん私が泊っているのは、一人で泊っても比較的安全で、料金も高くない宿なんだと思う。

 ベルさん達の宿は、三人でいることや、受けている仕事からして誰かに話を聞かれないような防音性とか、そういうのを重視してそうな石造りのどっしりとした宿だった。


「おいで」


 ラスティさんに手招きされ、一緒に宿のなかに入る。

 入口すぐのところに、少しうたたねをしかけていた青年がいた。

 部屋との間に小窓を作った作りの場所にいるので、おそらく宿の受付なのだと思う。


「この子、後からこの宿に部屋をとるから」


 だから入っても問題ないよね? という問いを省略したラスティさんの言葉に、青年は心得たようにうなずいた。


「はいよ、まいどあり」


 軽い受け答えに、ラスティさんと気心が知れているのか、それとも青年がそういう性格の人なのか、リィラにはよくわからなかった。


 とにかく宿の中に入ってもいいらしい。

 ラスティさんと一緒に、宿の二階へ上がる。

 彼は奥の一室の扉をノックした。


「はーい」


 中からベルさんの声がする。


「僕だ。リーザもいる」


「え、リーザ?」


 扉が開かれて、びっくり顔のベルさんが出て来た。


「ほんとだ。どうかしたの?」


「話がある」


 尋ねるベルさんに、ラスティさんは言い、私と一緒に部屋の中に招かれた。

 ヨランさんがいないので、呼んでくるのかと思っていたら、つかつかと壁際に歩み寄ったベルさんが壁を蹴った。


 どん。


 壁が壊れたわけではないが、けっこうな音だ。

 すると隣からばたばたと音がして、応答も得ないうちにヨランさんが部屋に入って来た。


「だから呼ぶときは、壁を蹴るなとあれほど!」


 注意を始めたヨランさんに、ベルさんが私を指さして言う。


「たぶん急ぎの話だと思うから、超急いで来て欲しかったのよ」


「お、リーザか。どうした?」


「僕が説明する」


 ラスティさんが説明を買って出てくれた。


「ロイダールから斥候が来てるらしいこと、知ってると思う」


「おお」


「ええ」


 ヨランさんもベルさんもうなずくけど、私は初耳だ。

 え、あれ斥候だったの?

 てことは、ガルシア皇国に何か仕掛けようとして、調査しに来ていた?

 だから町に入り込んでいるかもしれない、って言ったわけか……。ようやく納得できた。


 しかしラスティさんもだが、レジェスさんもなんだか説明をすっ飛ばしやすいというか。できればわかるように教えてほしい。

 人生経験が足りない私みたいな人間は、そんなことまで気づかないのだ。

 軍事にも明るくないから、とにかく神教の人間がいて黒魔女を殺そうとしているんじゃ……とばかり考えてしまっていたから。


「さっき、リーザを連れて白の領域へ行ったら、四人組のロイダール兵に襲撃された。人数が増えているから、町に潜伏されているかもしれない」


「潜伏されてる可能性か……。目撃者があまりいなかったから、そこまでの事態になっていると思わなかったな」


「四人組での行動と、連日の出没ってことは、ここ最近になって急に斥候を増やしたってことよね?」


 ベルさんの質問に、ラスティさんはうなずく。


「そうじゃないかと思う」


 するとヨランさんが表情を曇らせた。


「国境の町は大丈夫なのか?」


 あ、そうだ。

 考えてみれば、私の足で国境から三日ぐらいの距離の場所にアーダンの町がある。

 それよりもロイダール王国に近い場所はどうなっているんだろう。


「レジェス様の様子だと、特に進軍されたという報告はないと思う」


「ま、そんなことになってたら、レジェス様もあわてるはずよね。それで、リーザがいるのはどうして?」


 ベルさんが先をうながす。


「リーザが見つけた。ロイダール兵の中に神教の信者がいる。そいつらが黒魔術師や黒魔女を見たら、何をするのかわからない。だから保護してほしいとレジェス様が依頼してきた」


 ぼつぼつと話す内容に、ベルさんが渋い表情になる。


「神教の信者……。今すぐ行動しなくても、危険ね。黒魔術師や黒魔女が危険だという噂を広めて、それを信じた人たちから神教を浸透させていくとか、色々想定できるわ」


「神教を浸透させてどうするんだ?」


 首をかしげたヨランさんに、ベルさんが説明する。


「神教を信じる自分たちを守るため、黒魔女に騙されているガルシア皇国の民を救うとかなんとか、そういう無理やりな理由付けをして、侵略を正当化するために信者を使うつもりじゃないかしら? 他の人からするとおかしくても、神教を信じた人は賛同するでしょう。そしてアーダンの町を支配した暁には、黒魔女の処刑も行うと思うわ」


 ラスティさんもうんうんとうなずき、ヨランさんは納得したようだ。

 聞いていた私は、ベルさんの描く未来の想像図に青ざめるしかない。

 それに気づいたベルさんが、私を慰めてくれる。


「大丈夫よリーザ。それをさせないために、レジェス様やご領主様が動いているのだし」

「は、はい」


 会話が途切れたところで、ラスティさんが続きを言う。


「それで、黒魔女としても力が弱くて身を守れないリーザを、保護者が見つかるまで保護してほしいと」


 ベルさんとヨランさんが目を見開いた。


「身を守れない!?」

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