第30話


 手をつないだからかもしれない。

 レジェスが懐かしさを感じたのは。


 『彼女』の手を引いて走った記憶が蘇ってしまったのはなぜだろう。

 遠い昔のものなのに。

 ……あの頃は『彼女』も自分も、どちらも無力だった。

 霧もなく、迫る魔物の姿が振り返ればありありと見える状況。

 だけど死にたくないから、二人とも立ち止まらなかった。


 あちらこちらの深淵からあふれ出る魔物を、英雄になろうとした者達が倒しに向かう時代だった。

 黒魔女は、町を救うために魔物をひきつけて犠牲になることも多々あった。


 そんな目に遭わせたくなかった。

 仲間だったから。

 無邪気に、子供同士で手をつないで歩いて帰る友達が死ぬのは、もう見たくない。


 そんな彼女のことを思い出していたからだと思う。

 首の傾げ方がそっくりで、つい、錯覚しそうになった自分に驚いた。


(なぜ、彼女と同じ人だと錯覚なんてしたんだ……)


 自分が信じられない。

 レジェスは思わず、遠ざかっていく白い霧に支配された領域を振り返ってしまう。

 過去のことだというのに……。

 どうしてもこだわってしまう自分に自嘲して、前へ向き直る。


 その時、視界に隣のリーザの姿がうつった。

 ようやく帰れるからなのか、白の領域を脱出できた安心からなのか、彼女はぼーっとしたまま歩いている。


 まぁ、ラスティもレジェスも、歩きながらずっとしゃべるような人間ではないので、そうなるのも当然だったか。

 でもそんなところも、少し『彼女』に近いなと考えてしまう自分がいた。


(やっぱり、出会いが悪かったんだな)


 白の領域を、たった一人でさまよう子供。

 昔、わけあってそうして白の領域へ逃げ込んだことがあるレジェスは、あの時にリーザに深く同情してしまったのかもしれない。


 たぶん、子供が白の領域にほいほい入ることが少ないからだろう。

 めったに出ないとはいえ、魔物と遭遇したら命はない。

 そんな場所に、多少暮らし向きが厳しくなった程度では、子供を採取に行かせる親はいないからだ。


 子供が一人で暮らすということも、アーダンの町ではない。

 レジェスの母である領主が、そういう子供を集めた孤児院を運営しているため、一人きりにならないから。

 そのせいか、今まで自分と似た境遇の人間を見かけることはなかった。


 だからだろう。年齢相応にどこか抜けていたリ、隙が多い人間なのに、考え方は殺伐としている。

 血や、人を殺すことには抵抗があっても、ロイダール兵を殺すことそのものに驚くことはなかった。たぶん、長く迫害される恐怖にさらされたからかもしれない。


 リーザが人を頼ることをあまりしないのも、そのせいだろう。

 きっとガルシア皇国へ来てからも、一人で生きていくつもりだったのだと、レジェスにはわかる。

 ベルたちと知り合い、町で会ったりしていたものの、自分から訪ねるということすらしなかったみたいだ。

 ベル達は不思議がっていたが、普通の子供らしい無邪気さを押し殺して育てば、そんな風にもなる。

 それがわかったのはたぶん、レジェスぐらいだっただろう。


 同じ考えを持ったことがあるからこそ……。


 だからリーザならば、と思うことがある。

 ラスティにしろベルたちにしろ、レジェスが付き合いのある人達はみな年上ばかりだ。

 貴族同士の交流をほとんどしないために、なおさら子供と知り合う機会が少ない。


 だからと母が、部下の子供たちを連れて来るのだ。

 何を心配しているのかをわかったうえで、「友人になりました」と紹介しても、レジェスの母は「何か違うのよねぇ」と見抜いてしまう。


 仕方ない。

 同じ年ごろの子供に対しては、どうしても『つくろう』必要がある。

 先方もそれを感じるのか、レジェスに対してやや腫物を触るような態度になるから。

 むやみに何かを聞いてこない、だけどレジェスの不安感を察してくれる人物なら……友人らしい態度になれるのかもしれないが、無理だろうと考えていたのに。


 リーザなら、仲の良い年齢の近い友達を装えるくらいの関係になれるのでは、と感じる。

 そうしたら、母も安心するかもしれない。


 何より……『彼女』を思わせるリーザが側にいるのは、悪い気がしない。

 妙なところを気にする部分も、考え方は地に足がついているはずなのに、つきすぎておかしな方向に行ってしまうあたりも。


「なつかしいな……」


 レジェスはふと、つぶやくのだった。

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