第23話

 翌日。

 私は少し早めに、門の前に到着した。

 こっちが迷惑をかけているのに、待たせるのは申し訳ないので。


 しかし敵はさるもの。

 レジェスさんの方が早かった。


「おはようございます。遅れてしまって……」


「いや、遅れていない。私の方も用事があって、早く来ていただけだ。ラスティも同じだ」


 今日はラスティさんが一緒にいた。

 どうしてなのかはわからないけど、私はふっと思い出していた。ラスティさんが先日、別の依頼を受けてベルさんたちと一緒にいなかったことを。


(きっとあの時も、レジェスさんと行動してたからなんだな)


 でもどうしてラスティさんだけなのか。白の領域に入るのなら、ベルさんたちも一緒の方が安全だと思うんだけど……。

 でもそれは、レジェスさんに何か考えがあるんだろうから、聞かないことにした。

 私の方がいろいろと確認してもらって、さらに安全が確保できるようにしてもらう側だし。


「それでは行こうか」


 促されて、町から出る。

 その時に、門番をしていた兵士がレジェスさんに敬礼した。

 レジェスさんを見て、道をゆずる商人や冒険者がいる。


「お気をつけて! ご子息様!」


 声をかけられれば、レジェスも気さくに応じた。


「ありがとう。君の道行きにも幸いを」


 レジェスは領主の子息だけど、かなり町の人と友好的な関係を築けているようだ。

 まだちょっと、私はレジェスさんがとっつきにくい気がするけど……。


(保護してくれたり、助けたりしてくれてすごく優しい人なんだけど、言葉や表情が素っ気ないせいかな……?)


 でも信頼できる人だという思いは強い。

 町の人に慕われているのも、当然だろうと思う。

 私みたいな、見知らぬ外国からの流れ者にも優しくしてくれているのだから。


 私たちは、言葉少なに白の領域へ向かった。

 黙って歩くのは嫌じゃないけれど、ベルさんと一緒の道行きを思い出すと、なんだかさみしい気もする。

 ベルさんは気を遣ってくれたのか、とてもたくさん声をかけてくれたから……。


(もうベルさんの存在が恋しいなんて、私、頼りすぎ)


 一人で生きていかなくちゃいけないのに、こんな弱気でいてはだめだ。

 とはいえ、どうしていないんだろう。


「ラスティさん、ベルさんは他の依頼を受けているんですか?」


 つい尋ねると、一歩後ろにいたラスティさんが答えてくれる。


「依頼ではないな。知り合いの採取に付き合うと言っていた」


 ベルさん達二人は用事があったようだ。

 なるほどと思うものの、(それって、ラスティさんがいないから、二人でもできる頼みごとを受けたのかな?)とも考えてしまう。


「先頭はラスティに任せる」


 白の領域に入ると、レジェスさんはラスティさんを先頭に進むよう指示した。


「了解しました」


 ラスティさんは淡々と受けて、先に立って歩き出す。

 三人の中で唯一の大人なので、ラスティさんが前にいてくれると安心感がある。


(それにしても、どうしてラスティさんだけなんだろ)


 白の領域に入るのなら、ベルさんも呼べばいいと思うのだけど。


(まさか費用を削減するため?)


 レジェスさんは白の領域に通っているみたいだし、毎回三人全員を雇うのは大変なのかもしれない。

 そこに便乗させてもらっている私は、なんだか悪い気がしてきた。


「あの、レジェス様」


「なんだ?」


「ラスティさんの雇用料金は、私も負担した方が良いでしょうか?」


 提案してみたら、レジェスさんは足を止めて「は?」と目を丸くした。

 次いで、ラスティさんが吹き出す。

 レジェスさんが尋ねてきた。


「……歩いている間、ずっと費用のことを気にしていたのか?」


 私は小さくうなずいた。

 するとラスティさんがますます肩をふるわせて、くっくっくと笑いをこらえた。

 レジェスさんの方は、口から低い声を漏らす。


「まさか、私がそんな貧乏だと思われていたとは……」


 領主の子息が、お金に困っていると思われた、と傷ついたのかもしれない。


「わわっ、違うんです! その、私がレジェス様に同行させてもらってるせいで、ラスティさんの負担が増えているんじゃないかと思って」


「言い訳はいい。さっき、ベル達が一緒じゃないことを気にしていただろう。三人一緒に雇っていないから、経費削減でもしていると考えたんじゃないのか?」


 心なしか、レジェスさんの目が冷たくなった気がした。

 助けを求めたくなったが、ラスティさんはこちらに背を向けて笑っている最中だ。


「あの、頻繁にラスティさんとだけ白の領域に来ていそうだったので、もしかして、回数が多い分ラスティさんだけ雇う日が多いのかなとか、そんなことは考えましたが……」


 正直に言うと、レジェスさんが顔を手で覆ってため息をついた。


「貧乏だと思われていたとは……」


「くっ、うくくっ、くくく……はぁ」


 ラスティさんはようやく笑いやんだみたいだ。

 涙目でこちらを振り返り、レジェスさんを慰めた。


「金銭感覚はちゃんとしている子ですね」


「だからって、領主の息子が人を雇う金にも困っているとか想像しないだろう。ただでさえ、白の領域の恩恵で潤ってるんだ」


 レジェスさんの言葉で、私は「そういえば」と思う。

 町に冒険者が沢山いて、白の領域からの品を求める依頼がひっきりなしに出ているのだ。

 依頼者は当然、町の人間以外にもいるだろう。

 ということは町に、よそからかなりのお金が流れてくるわけで。

 冒険者がその金を使えば町は潤うし、税収を受け取る領主も潤うわけだ。

 そんな視点をすっかり忘れていた。


(逃げ出して平民になるって思ってたから……)


 貴族らしい見方なんてする必要はないと、そんな風に感じていたせいかもしれない。

 とにかく謝ろう。


「あの、失礼なことをして申し訳ございませんでした」


「……いや、こんなことで怒っているわけではない。怒ってはいないんだ」


 レジェスさんはそう応じてくれたけど、一気に疲れてしまった表情をしている。

 するとラスティさんが補足してくれた。


「予想外なことを言われて、びっくりしただけだろう」


「そうなんですか? 怒っていらっしゃらないのなら、良かったですが……」


 ちらりと伺えば、レジェスは苦笑いしてうなずく。


「とにかく君は私の懐事情を気にしなくてもいい。これはれっきとした領主からの依頼で動いていることだ。私もその作業に適しているから、自ら買って出ているだけだからな」


「ご領主様主導のお仕事だったんですね。そこに私がお邪魔して、大丈夫なのでしょうか」


 レジェスは片方の眉を上げる。


「君一人ぐらいなら問題ない。とにかく行こう」


 そうして三人で再び歩みを進めた。

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