第16話
その日は、休んでご飯を食べてまた眠るという、ゆったりした一日を過ごした。
ハンナにも、一人きりで生きていくことになるから、体だけは大事にと口をすっぱくして言われていたのを思い出したのだ。
『信用できる人ができるまでは、なんとしても体を優先してください。疲れや調子の悪さをおしてでも行動するのは、生き死にがかかっている時だけですよ』
ハンナが怖い表情で言ったことは、私にも理解できている。
体調を崩しても、今の私を何を犠牲にしても助けてくれる人はいないのだ。
うっかり無理をして生死の境をさまよってしまったら、まず助けてもらえない。
大怪我や大病になればなるほど、治療費が莫大にかかるから。
例えば今、大きな病気にかかってしまったら……。
宿の主であるアルダさんは、数日は様子を見てくれると思う。
だけど医者を呼んでくれるかな?
簡単な治療と診察代を『簡単に』建て替えられる経済力がアルダさんにある場合、呼んでくれるだろう。そうでなければ様子を見るぐらいはしてくれるかもしれない。
ただし、私が寝込んでいる間の宿代も含めて、完全にアルダさんは損をする。
そのため、高価な薬以外では治らない病気だったとしたら、教会のように『最期を看取ってくれる機関』に私を運ぶのが、アルダさんにできるせいいっぱいだろう。
アルダさんが優しい人だったとしても、ここまでが限界だ。
たとえ治る薬があったとしても、そういうものは大金が必要になってしまうから、アルダさんはそこまでのことはできない。
彼女にも生活があるし、それでアルダさんが体を壊してはどうしようもないから。
この時、私が自分の持っている装飾品を預けておける相手がいたら。
それだけ信頼できる相手なら、私のお金でできる限りの薬を購入してくれると思う。将来採取で補えるからと、多少の持ち出しをしてくれるかもしれない。
「ただそういうのって、家族だけよね……」
冒険者のグループはそれに近い関係性だと聞いている。
だけど私は、黒魔術で戦うこともできないので、採取要員としてグループに所属するなんていうのも無理だろう。
ギルドも、私の期待する最後の防壁になってくれる可能性がある。
でもそれは冒険者としてギルドに加入した場合だけだ。
年間のギルド会費を納めることで、病気や怪我の時に、保証人になってくれることがあるのだけど……。
未成年の私がその仕組みを使わせてもらうには、なんとか成人年齢までがんばって生き抜くことだ。
なるべく油断せず、一人で……。
まぁ、私にとって苦痛なことでもない。
今まで通りに生きていけばいいだけだもの。
「それに採取で、ギルドとそれなりに関わりが作れそうだから、持っている宝石を換金できるようになったら、安心して薬を買ったりできるだろうし」
あとは採取を続けていければいいけど……。
「採取といえば」
オオカミの姿をした魔物……だよね?
あの魔物は、どうして私によくしてくれたんだろう。特に襲いもしないし、話しかけたら応じるしで、交流しようとしてくれているんだと思う。
だけど理由がわからない。
「黒魔術師は魔物を操れるっていうけど、私じゃ無理だし」
一度だけ、母と一緒に確認したことがあるのだ。
まだ王都に黒魔術師がいたので、小さくて弱い魔物を提供してもらい、操れるかどうかを試したのだけど。
『お嬢さんは、一生この素質を知られないように生きた方がいいね。あるだけ邪魔だろうに』
黒魔術師にそう言われてしまうような結果だった。
小さな草のような姿をした、『かなり弱い』と言われていた魔物ですら、一切操れなかったのだから。
だからいつの間にか操った、というわけがない。
「何か欲しい物があったとか?」
でも、ねだられるどころか、探し物をくれただけだった。
以前は移動したかった私を、ものすごく遠くまで一気に運んでくれたようだし。
「……わからない」
考えてもわからないことは、後回しにするしかない。
私はこの日、洗濯をしたり、採取にあるとよさそうな物を買ったりすることにした。
買い物に行くと、途中でばったりとベルさん達に会った。
「あれ、ベルさんにヨランさん?」
「あ、リーザ! 元気だった? 宿に見に行ったら外出してて会えなかったから、どうしてるかと思ってたわ」
ベルさんが笑みを浮かべて私に駆け寄ってくれる。
目を引く美人のベルさんの方向転換に、周囲の人がふと視線を一緒に動かすのがわかった。特に男性は、相手が私のような子供だとわかって、微笑ましそうな顔をして自分の仕事や、向かう方向へと歩き出す。
「宿まで来てくれていたんですか? すみません、仕事を探して歩き回ってまして……」
「仕事は見つかったのか?」
ヨランさんが尋ねてくれる。
「それがちょっと苦戦しまして。とりあえず野原で草を採取するような仕事を受けつつ、もうちょっと時間をかけて職探しをするつもりです」
職につけないので、採取をするしかなかったのだ。
「採取ね。町の子供もしているみたいだけど、魔物がたまに出るから、気を付けてね。白の領域を抜けてきたぐらいだから、リーザは心得てると思うけど」
ベルさんの、そんな信頼感に面はゆくなる。
いえいえ、私はそんなに何かを心得ているわけではないんです。
「私、それほど知っているわけじゃないので、今度教えていただけたら嬉しいです。そういえば、ラスティさんは?」
「あ、ちょっとした仕事で、ラスティは貸し出しているの」
「貸し出し……ですか?」
グループの仲間を貸し出し?
「ラスティにしかない技能があるから。それ目当ての雇い主がいるのよね。だから私とヨランは三日ぐらいは自由時間だから、ラスティの分も掃除とか買い物をしてるってわけ。リーザも何か買い物?」
ベルさんに聞かれて、私は日用品を買いに出たことを話す。
こまごまとした物を、宿の備え付けの物でなんとかしていた。けど、宿に物を置いて出られるようになったので、もう少しタオルとか石鹸とか塗り薬とか、櫛なんかもできれば持っておきたかった。
全部荷物になるからと、ロイダール王国から出る時の荷物からは除いてしまったから。
「じゃあ一緒に行こう。いいお店知ってるわ」
私はそれから、ベルさんとヨランさんの案内で買い物をしたのだった。
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