第11話

「あ……」


 天井が見えた。

 茶色い木の梁と板が、なんだか新鮮だ。

 しばらく真っ白な霧の中に居続けて、感覚がおかしくなっていたみたい。


「本当に私、ガルシア皇国に来たんだ」


 寝ていたベッドの横には小さな棚があって、部屋に案内された時にもらった水の入ったデカンタとコップ、布が置いたままだ。


 その向こうには窓がある。

 カーテンが薄く開いていて、外が明るいのがわかる。気泡ガラスの窓だから、風景はよくわからないけど。

 私は水を飲んで一息ついてから考える。


「とりあえず、今日はどうしよう」


 お金を無くすこともなく、ガルシア皇国内の町まで来られた。

 宿も親切なベルさんが紹介してくれて、たぶん安心して泊まれる場所の確保ができた。


「お金はまだ十分なんとかなると思う。だまされたりしなければ、だけど」


 金貨や銀貨は、ハンナが換金してくれた物がいくらかある。そのほかには、金品に換えられる、宝石つきの指輪やネックレス、ブレスレット。

 ハンナや亡き母と、以前から準備してきた物だ。


 ただし、売る時には未成年の私だと足元を見られる可能性があった。

 買いたたかれた場合、予想以下のお金しか手元に残らないし、職もなく過ごせる日数がぐっと少なくなってしまう。

 そのために、事前にハンナに売ってもらったのだけど、残りの資金が乏しくなったら、自分で売るしかない。


「ベルさんを頼るという方法もあるけど……」


 宿にすんなりと泊まれたのも、ベルさん達がついてきてくれたからだ。子供が突然『泊めてください』と言っても、すんなりといくとは思えない。

 ベルさんは「何かあったら相談に乗るわよ」と言ってくれた。それを頼みにしたいけど。


「私、ずっと頼ってばかりだものね」


 迷惑ばかりかけられない。

 その調子で何もかも頼まれていたら、ベルさんだって嫌になってしまうだろう。


「少しは、自分でなんとかする気概ぐらいは見せないと……。それに、何か地盤を固めて、ここで長く生活していけるようにしなくちゃだし」


 他の町まで行く必要はない。

 そもそもガルシア皇国内の町で、どこがいいのか、悪いのかなんて私にはわからない。

 だったら親切な人がいるとわかっているアーダンの町で暮らしてみてもいいはずだ。ガルシア皇国の習慣とかも少しは学べるし。

 それで問題が出るようだったら、改めてまた移住しよう。


「そうしたら、まずは職探し?」


 未成年だからということ以上に、私が職に就いていない間は誰も信用してくれない。


「職につくといっても、何をしたらいいんだろ」


 冒険者? ……自分にできるわけがない。

 黒魔術の能力はゴミだし、剣で戦えたりもしない。


「だったらお針子か、職人の下働きか……。できれば商家で計算の仕事とかできたらいいんだけど」


 家が商売をしているから、一通り計算の方法や帳簿の見方を教わっていたから、そういう仕事ができると嬉しい。それにお給料も高そうだ。


 私は服を整えて、宿を出た。

 宿には一週間分の宿泊代を支払っているので、あと六日は何もなくても滞在できる。


「職を見つけたら、住むところも見つけないと」


 いつまでも宿暮らしをするより、小さな部屋を借りて暮らした方が日々のお金も節約できるはず。

 まずは職を紹介してくれる場所を探した。

 道行く人に聞いたけど、首をかしげられてしまう。


「……聞いたことないわねぇ」


 ロイダール王国の王都には職の紹介所があったけど、このアーダンの町にはないらしい。


「だったら求人の掲示がないか探す……かな」


 町の中を見て回る。

 求人の掲示があるお店は一軒もなかった。

 仕方ないので、直接聞いてみた。


「すみません、働き口を探しているのですが、こちらでは募集していらっしゃいますか?」


 大きな商家から、小さな小間物屋まで、回ってみる。

 一つ一つ声をかけて歩くのは時間がかかる。町中の商家をしらみつぶしにするのに、三日も必要だった。


 でも、どこでも「人は足りてるよ」と言われる。

 それに私に商家の仕事を手伝えるとは思えなかったみたいだ。実際に計算でもさせてもらえないと証明できないのは仕方ないし、雇ってくれという人に、計算を試させるような時間を割くわけもなく。

 結果、どこも雇ってはくれなかった。


「……もう商店じゃなくてもいいから、どこか探さないと」


 それから三日。

 今度はお針子や職人のお店にも挑戦してみた。

 けれど、全滅。


「まさか全部だめだとは……」


 延長で七泊をお願いした宿の部屋の中で、私はうなだれる。

 私の見通しが少し甘かったかもしれない。

 アーダンの町は大きかったので、どこかには人手が足りないところがあるんじゃないかという、希望を抱いていた。


 だけど、人手が足りているところばかりだったのだ。

 ガルシア皇国内の町では、人手が必要な時には冒険者のギルドに求人を出す。

 採取などの依頼で足りる物も、運搬も、冒険者に出せばいいのだ。気心が知れた相手が計算もできるなら、帳簿付けも店番も依頼するらしい。

 私は宿に戻る道すがら、悩んだ。


「どうしよう」


 仕事がない。


 他の町に行ったとしても、同じことだろう。

 ガルシア皇国はロイダール王国より冒険者の数が多い。他の町や村でも、同じようにちょっとした仕事の穴や用事は冒険者に頼むはず。


 それに逃亡生活を乗り越えて、ようやく少し落ち着いたところなのに……また違う町を目指して、たった一人で旅に出る気力が湧かない。

 でも休んでいたら、その間も滞在費や食費にお金が消えてしまう。


「……冒険者ギルドに行くしかない」

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