第25話
それを、実際に見て確認できたことが嬉しい。
無意識に笑顔になりつつ、私はラスティさんに尋ねてしまう。
「あの、ガルシア皇国の黒魔術師って、他の魔術師みたいに、魔法を学ぶんですか?」
「おおむね普通だな」
「黒魔術師の仕事って、こんな風に魔物を従わせるのが主体なんですよね? たしか闇の魔力で他にも扱える魔法があるって聞いたんですけれど」
ロイダール王国では、とにかく「魔物を従わせる悪!」ということばかり聞いていたのだけど、一度だけ会った黒魔女のおばあさんは、他にも闇の魔力を使う方法はあると言っていた。が、私があまりにもささやかな魔力しか持っていなかったので、他もだめだろうと教わる隙すらなかった。
「あるにはある」
相変わらずラスティさんの答えは短い。
でもいいのだ。初めてガルシア皇国で出会った黒魔術師で、質問に答えてくれるだけで。
「そうしたら、ささやかな魔力でできることって何かないんでしょうか」
「僕は魔力が大きかったからな……」
ラスティさんには思いつけないようだ。小さい魔力を操るっていうことが、ラスティさんには不得意なのかもしれない。
「ところで魔物を操る以外の魔法って、どんなものなんです?」
「幻覚を見せる。影を作って動かす。具合を悪くさせるというものもある」
「具合を悪く……?」
「魔力を与えることで、一時的に魔力過多の状態にさせる」
「なるほど。そうすると具合が悪くなるんですね」
聞いてみれば、たしかに黒魔術師や黒魔女は、魔物の味方だとか言われそうな魔法ばかりだ。
使い方はいろいろあるだろうけど、なんだかこう、物語の本で読んだことのある暗殺者向きな気がするし。
話をしている間も、ラスティさんが従えたネズミはついてきている。
あいかわらず、魔物はそれほど私に興味はない様子だ。
(いままであった子と違うのは、なんでなんだろう……)
いつかそれがわかるといい。
そんなことを考えた時、「休憩しよう」とレジェスさんが声をかけてくれた。
気づかないうちに、けっこう歩いていたようだ。
しゃべっている途中で、少し息切れがすると思ってはいたけど、知りたいという欲求を優先していたせいで気づかなかった。
さすがラスティさんは大人だからか、疲れた様子もない。レジェスさんもそれは同じだ。
私は何歳になったら、彼らみたいになれるんだろうか。
その場で座り、水を飲む。
ついでに乾燥果物を口に入れた。
砂糖を使っているので、甘酸っぱい。
「今日はこれで戻ろう。その間に、また以前のような魔物が出たらいいんだが」
レジェスさんは、私に懐く魔物の出現を待っているようだ。
そして戻るというのだから、もう一つの見回りをするという仕事も完了したのかもしれない。
私たちは立ち上がり、荷物を点検して帰路につこうとした。
――その時だった。
レジェスさんとラスティさんが、急に道をそれた場所へと移動する。
腕を引かれた私は慌てたが、レジェスさんが口の前に指をあてるのを見て、騒ぐのを寸前で我慢できた。
(また、何かあったの?)
静かに移動するだけでなく、二人は剣を抜く様子もない。
なら、魔物だろう。
前回みたいに、姿を見られては困る人達がいた?
よくわからないけれど、木立の陰にかくれる。
白い霧がただようせいで、物音さえ立てなければ、少しの葉陰と木立があれば、人を避けられるのはいいのだけど。
やがて街道の跡をたどるように歩いてきたのは、四人の男性だった。
枯草色のマントと衣服。
彼らが近くを通る。
緊張したが、風がそよと揺れてふっと霧が深くなった。
そのおかげでこちらには気づかなかったが……。
(あ……)
かなり接近したところで、彼らの持っている剣が見えた。
記憶に何かがかすった気がする。
もうちょっと見たら思い出すかもしれないと思って目をこらしていたら、四人のうち一人が行き過ぎようとしたところで足を止めた。
「匂いがする」
(え、何の匂い!?)
三人とも水を飲んでいたはず。
お菓子も食べていない。
一時間歩いただけでいちいち食べるような状態だと、荷物が重くなってしまうので、余計なものは持っていないのだ。
「人の匂いだ」
その人がつぶやくように指摘したとたん、四人が剣を抜き放つ。
周囲を警戒するように視線をめぐらせながら、彼らは各々の死角がなくなるように、一か所に集まった。
「冒険者だとやっかいだ……殺すぞ」
物騒な言葉に背筋がひやっとする。
と同時に、私の方も思い出した。
(神教の、紋章)
剣の柄。一人だけ、細い布を巻いていたのだけど、そこには模様があった。
簡素なものだけど、それが神教の紋章に似ているのだ。
(え、なに? どうして? こんなところに神教の人間が来てるの?)
心拍がばくばくと速くなっていく。
黒魔女や黒魔術師たちを殺しに来た人たちだったら、どうしよう。
ロイダール王国から、そんな人がひそかに入り込んでいたんだとしたら?
もしくは、ガルシア皇国内にも神教の信者がいたんだったら……。
ここも、安全じゃないかもしれない?
足が震えそうになる中、レジェスさんがラスティさんに視線を送る。
うなずいたラスティさんがネズミを動かした。
飛び上がり、私たちから少し離れた場所に着地したネズミが、まっすぐに四人に襲い掛かる。
「君は後ろに」
レジェスさんとラスティさんは、もう剣を抜いていた。
二人は戦うつもりなんだ。
レジェスさんが私をさらに後方にある茂みへ向かうよう、肩を押した。
体が震えて動きにくかったけど、足手まといになるわけにはいかない。
移動した私にレジェスさんが言った。
「目を閉じて耳をふさいでいろ」
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