第26話
レジェスさんの言葉の意味が、最初はわからなかった。
そのうちに、ネズミが四人に斬り殺された。
悲鳴を上げ、黒い靄になって消えるネズミの姿に私は凍り付いてしまう。
襲ってきた魔物が死ぬのを見たことはあるのに、今回は驚くほど衝撃を受けてしまった。
でもそれだけではない。
四人の方が私たちを探して走り回り始めたので、レジェスさんとラスティさんが不意をうって彼らに斬りかかる。
赤い血が飛び散る。
その時にようやく、先ほどの指示がレジェスさんの優しさだったことを知った。
怖くなってその場にうずくまっても、もう遅い。
悲鳴と怒号が上がるだけで、私も叫びたくなる。
それも唐突に止んだ。
走って行く足音がする。
「ラスティ!」
レジェスさんの声。
一体どうなったんだろう。
確認するのは怖い、でもレジェスさんとラスティさんは無事?
怪我をしていたら手当だけでも、私が手伝わなくては。
決心して顔を上げた私は、この白の領域にただよう白い霧に感謝した。
倒れた人の姿や、石畳に広がる血が、遠ざかればかすんで見えるから。
「リーザ」
名前を呼ばれた。
顔を上げて横を見ると、頬や衣服に返り血がいくらかついたレジェスさんが立っている。
「あの、無事で……すか。ラスティさんは」
「私は問題ない。ラスティは一人だけ逃げたやつを追わせた……野放しにしていたら、冒険者を殺すかもしれないから」
名前を呼んだのは、ラスティさんに指示を出すためだったのか。
怪我をしたからではないと知って、少し安心する。
「それより君は、立てるか? 魔物は血の匂いにも寄ってくる。あそこから離れる必要がある」
「が、がんばります」
ショックで膝が笑っているけれど、ここにいるのも怖い。
なんとか立ち上がったが、膝が笑ってる。
すると何でもないことのように、レジェスさんが私の腕を自分の肩に回させ、少し持ち上げるようにして歩き出してくれた。
レジェスさんは、私より背が高い分、肩幅もしっかりとしていた。
見た目は細そうだったけれど、支えてもらうと安心感がある。
なにより、人の存在をじかに感じられるのがうれしい。
生きている人と接していると、少しだけさっきの衝撃が薄れる気がした。
そうして街道の道から外れた草むらを進んでいると、ふいにレジェスさんがぽつりと言った。
「……本当なら、やりすごした後で捕まえるつもりだったんだ。匂いに敏感すぎる……何かの能力者がいたのかもしれない」
「……?」
何の話だろう。
聞いていると、続きを話してくれる。
「あんな状況を、君に見せたくて連れて来たわけではない。リーザ、君はまだ人同士の殺し合いを見たことがなかっただろう?」
「……はい」
レジェスさんは、私が殺し合いを見てショックを受けたことについて話していたようだ。
ただ……私がこんなに怖いと思ったのは、他にも原因がある。
「殺し合いも怖いですけれど、以前人が血を流して死ぬのを見たのが、黒魔女の処刑だったので……」
あの時の恐怖を思い出してしまったのだと思う。
たぶん、人に殺されることを恐れる生活をしていなかったら。実際に殺された黒魔女の姿を見ていなかったら、今日のことでこんなにも震えが止まらなくなることはなかっただろう。
するとレジェスさんが言った。
「済まなかった」
「いえ、守ってくださったのにそんな……運が悪かったとしか」
レジェスさんやラスティさんがしてくれたことを、責める気はない。
ただ、私の方にトラウマがあっただけで。
「だが……。もしかすると今後も、君は人同士の殺し合いを見かけることになるかもしれない」
「え? アーダンの町の治安が悪いんですか? それともさっきみたいなことが、沢山起こるっていうことでしょうか」
「おそらく、どちらもだ」
レジェスさんは難しい表情をしていた。
「少しここでとどまろう」
ラスティさんの合流を待つためか、街道から離れた、少し木立が開けた場所でレジェスさんが立ち止まる。
「ラスティを待つ。来なければ先に出る」
「え、ラスティさんは大丈夫なんですか?」
置き去りにされても……大丈夫だからそういうのだろうけど、と思いつつも、つい口にしてしまう。
「はぐれたら、白の領域から出て合流することは話している。その方が見つけやすいし、魔物が出る確率も低い場所の方が、相手に知らせる方法が沢山あるからな」
「たしかにそうですね」
うなずいた私に、レジェスさんが苦笑いする。
「君はものわかりが良いな」
「ええと、ありがとうございます?」
たぶん、楽だからそう言ったのだと思う。だからお礼を言ってみると、レジェスさんが私をその場に座らせた。
「休んでくれ。万が一にもあの兵士たちの仲間がいたら、君一人で逃げてもらうことになるかもしれない。あいつらは魔物よりも厄介だから。回復させておいた方がいい」
「……まだ、他にもさっきの人たちみたいに、冒険者を殺そうとする人がいるかもしれない、ということですか?」
「ああ」
レジェスさんはうなずいた。
「君は……彼らを何だと思う?」
たぶん、私に彼らの正体を教えてくれようとしているんだろう。
だから正直に見えたものを答えた。
「ロイダール王国の神教に関わる人たちでしょうか。神教の紋章が見えました」
私の言葉が意外だったのか、レジェスさんが目をまたたく。
「そんなものが見えたのか」
「剣に紋章入りの布を巻いている人がいたんです。たぶん、見間違いではありません。ずっとあの紋章を持つ人を警戒して生きてきたので」
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