第9話

「はぁぁああ」


 安心して、顔を覆ってうつむく。

 良かった。ロイダール王国からは逃げられたんだ。

 安心する私だったが、ヨランさんが慌てはじめる。


「どうした!? 目的地じゃないからそんなに悲しいのか?」


「大丈夫よ、ミルテなんて馬車に乗せてくれる人を見つけたら、三日ぐらいで行けるわ!」


 ベルさんまで焦って私をなだめようとした。


「違うんです、あの、良かったと思って。その……」


 事情を説明しようとして、言葉が止まる。

 ハンナはガルシア皇国なら、黒魔女が差別されていないと言っていた。でも、その情報が間違っていたらどうしよう? このまま捕まってしまう?

 戸惑っていたところで、レジェスが言った。


「君の髪、白っぽいから黒魔女だろう? もしかしてロイダール王国から逃げてきた? あっちは迫害が激しいって聞いたけど」


 レジェスの言葉に、私は覚悟を決めてうなずいた。

 黒魔女の髪が白っぽいなんて知らなかったけど、それで判別できるのなら、今からごまかしても無駄だと思うし。

 あと、迫害について、完全に他所の国のことだという口調から、今いる場所ではいじめられたりはしないと予想できた。


「え、黒魔女って髪が白なんだ」


「そうらしいな」


 知らなかったらしいヨランさんに、ラスティさんがぼそっとレジェスさんの発言を肯定する。


「黒魔女だったのね……。ロイダール王国の迫害はひどくなってるって聞くわ。特に、英雄の子孫を取り込んで神教の勢力が強くなってからは、好き勝手やってるみたいね」


 ベルさんはため息をついた。

 その通りだったので、私はうなずいた。

 三百年も昔、魔物が世界にあふれた時にそれを退治し、原因となった魔王を倒した英雄。


 彼らの子孫は各国の王家とつながったりして続いているらしいが、そのうちの一人で英雄に似た力を持つ人が神教に合流したことで、神教が勢力を増した。

 亡き母がそう言っていた。


「どうしてか黒魔女を目の敵にして、処刑もしてるって話が流れてきたけど、本当か?」


 真剣な表情のラスティさんに、私はうなずく。

 ラスティさんはみるみる渋い表情になった。


「本当だったのか……」


「処刑までするなんて」


 ベルさんが忌々しそうに言い、ヨランさんは黙とうするように目を閉じた。


「リーザ、君は運よく逃げられたってことかい?」


 レジェスさんの問いに、うなずく。


「小さい頃から親しかった人が、上手く逃がしてくれました」


 細かいことは伏せておく。説明が難しいし、自分のことをすっかり全部人に知られるのは怖い。

 それに私は運が良かっただけだ。父が私の話を信じたこと、覚えていたこと、そして自己保身が一番大事な人だったことがうまく働いただけ。


「それで、国境を誰にも見つからずに抜けるために、白の領域へ入ったんです」


 私の説明に、ヨランさは「そういうことだったんだな」と納得したようだったけど、ラスティさんは疑問がぬぐえなかったらしい。


「普通、町三つ分も進んで、おかしいと思わないものか?」


 当初予定がミルテ村だったこと。ロイダール王国から来たことがわかったので、ラスティさんは不思議に思ったようだ。


「国境からここまで、歩きなら子供の足で四日はかかる」


 その根拠を聞いて、私はぎょっとした。

 さすがに四日分も予定よりも長く歩いていたら、食料も持たないし、なにより自分でもおかしいと思うはずだ。

 ただ一つだけ、原因らしきものを思い出す。


「そういえば……。今日起きる前に、変な夢を見て……」


「夢?」


 レジェスにうながされて、あいまいな記憶ながら話すことにする。


「オオカミみたいな魔物の背中に乗せられて、どこかへ移動する夢を。目が覚めてあたりを見回してもいなかったので、夢だと思ったんですが」


 その話を聞いて、レジェスが質問をしてきた。


「リーザ。君が白の領域に入ったロイダール王国内の村の場所と、日付はわかるかい?」


「国境からは、村二つ分南へ下った場所だったと思います。たしか、花月の十日だったかと」


「え、十日?」


 ベルさんが目をまたたいた。


「今日は十四日よ?」


「え……」


 私は驚く。

 オオカミに会う前、四日は経ったと思っていた。


「十四日ごろ、私、自分はようやく国境を越えただろうと思っていたんです。そこからさらに四日分を……どうやって移動したんでしょう……?」


 いくら歩くのが早くても、走っていたわけではないので、一日短縮するぐらいがせいぜいだと思うのに。


「白の領域は、時間感覚が狂うにしてもおかしいわ。本当にあなたは魔物に連れていかれて、アーダンの近くまで、一瞬で移動したのではないかしら?」


 ベルさんの推測に、私もあるかもしれない……と思い始める。


「魔物が運ぶとしても……餌のつもりだったのか?」


 推測しながら、ヨランさんは眉間にしわが寄る。


「しかし、日数と距離のことを考えると、その方が納得ができますね」


 ラスティさんの意見に、レジェスがうなずいた。

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