第34話

 部屋の中は、レジェスさん専用の執務室のような場所だった。

 壁を埋める棚には本や冊子が並べられ、将来書類で埋める予定の隙間には、綺麗に本や陶器などが飾られている。

 

 レジェスさん本人は、白壁の部屋の中、飴色の重厚な机の前にいた。

 さらにその前には、ソファーが向かい合わせで置かれている。

 そこに座っているのは一人のおじいさんだ。


 第一印象は、細っこい小柄なおじいさんだった。

 白髪で、ごぼうに黒のフードつきマントをかぶせた感じ。

 軽そうなので強風で吹き飛ばされそうだけど、本人はへんくつそうな表情をしている。


 ベルさんはそのおじいさんに見覚えがあったようだ。


「あら、バーゲル老」


 小声でつぶやいたが、それが聞こえたようでおじいさんはベルさんをじろっと見る。

 とにもかくにも、先にレジェスさんに挨拶だ。

 そうしたらこのおじいさんのことを紹介してくれるだろう。


「お呼びと聞き、参じました」

「付き添い人としてまいりました、レジェス様」


 ベルさんも続いて言い、一緒にいる理由を説明してくれる。


「付き添いご苦労、話も一緒に聞いていくつもりか?」

「よろしければ、そうさせていただきたいのですが」

「わかった」


 レジェスさんから同席の許可は出たので、ベルさんはもちろん一緒にいてくれた。

 私としても助かる。

 慣れない異国で、さらに顔見知りではない人のいる場所だ。


 私とベルさんは、レジェスさんの指示どおりにソファーに座り、レジェスさんはおじいさんの隣に着席した。


 お茶とお菓子が運ばれてきて、メイドや案内してくれた兵士が立ち去ると、レジェスさんが早速本題に進んでくれる。


「君の保護者候補が決まった」

「バーゲルさんですか?」


 もちろんそれは、レジェスさんの隣の人だろうとベルさんが言う。


 当のバーゲル氏は、じいっと私を見ていた。

 顔というか髪というか、むしろ私の背後? どうしてそこを見るんだろうと不思議に思う。


「その通りだ。町中に住んでいる黒魔術師や黒魔女は、パーティー仲間と一緒に移動する人が多い。ある程度リーザに行動が合わせられないと、保護というのは厳しいだろう」


 それもそうだ。保護する子供を連れて、ばしばし魔物と戦えない。無力だからこそ自分でもそれが理解できる。

 足を引っ張って、パーティーが全滅でもしたら詫びることもできないので私も嫌だ。


「なにより、おそらくこの町にいる黒魔術師および魔女で、最も年齢が低いのはリーザだ。それならば、いっそ城の中に匿った方がいいだろうということになった」


「お城の中……?」


 どうしてそうなるんだろう。首をかしげた私に、レジェスさんが説明してくれる。


「バーゲルは領主の城に常駐している黒魔術研究者だ。また、魔物の研究家でもあるので、魔物が町周辺に出没した時など、協力してもらっている」


 なるほど! 城の中で仕事をしている人だから、バーゲル氏が保護者になれば自動的に私も城の中にいることになるのだ。


 ただ一つだけ心配がある。

 私……ちゃんとこのバーゲル氏と仲良くできるのだろうか。

 なんか視線がちょっと、気になるのだけど。


 バーゲル氏は、レジェスさんの話に口をはさむことなく、ただうなずいたりしている。

 けれど時折、やっぱり私の後ろを見ている。

 気になって気になって、私も振り返りたくてしかたない。でも何もないし誰もいないのはわかっているのだ。


「なるほど。そういうことなら、やはり今この町で最も保護者に適しているのはバーゲルさんでしょう」


 ベルさんも納得したようだ。

 ということは、本当にこのおじいさん以外に最適な人はいないということで。

 私の背後ばかり見る以外は、特に問題はないと思う。

 ただ単に、保護者と聞いて、自分の父親ぐらいの年齢の男性か女性、もしくは夫婦を紹介されるのかなと考えていたから、私もびっくりしたのだ。


 考えてみれば、一人で生きて行こうと思っていたわけだし、十四歳にもなって新しいお父さんとお母さんを欲しがっていたわけでもない。

 

 ……ちょっとだけ、普通の家庭らしい雰囲気を味わえたりするのかなとか、想像してしまったけど。

 

 それに魔物の研究をしているというのも、レジェスさん的に重要だったのかもしれない。

 私のよくわからない懐かれっぷりについて、調べるのならバーゲル氏の知識も重要になってくるだろうし。


「ええと、バーゲルさんもご承知してくださっているのですよね?」


 一応確認してみた。

 さっきから嫌そうな顔はしていないものの、歓迎しているような雰囲気でもない。

 嫌だと言いにくいだけだったら、申し訳ないので私から断るようにしようと思ったのだ。


「もちろん、バーゲルは同意してくれている」


 そこでようやく、バーゲル氏が口を開いた。


「黒魔術についての知識もそれほどないと聞いておるぞ。師を持つこともできない状況だったのなら、指導する者が必要だろうとこの件を受けたのだ」


 バーゲル氏は指導者として了承したらしい。


「そのため親のように思う必要はないぞ。住まいは城の一角にある研究室の隣に決まっているので、そこで起居するがよいぞ。寄宿学校のようなものに入ったと思って過ごすがいい」


 私の住まいや生活については、その説明で想像することができた。

 ただ一つ疑問がある。


「その、私は採取で生活費を稼いでいました。保護を必要とする年齢から外れた後も、おそらく黒魔女としては活動できないほど魔力の少ない私は、採取で稼ぐしかないと思うのです。なのでできれば、辞めずに済む方法があると嬉しいのですが……」


 生家から持ち出した貴金属があるから、すぐに路頭に迷うわけではないけど。

 冒険者ギルドにもせっかく顔を覚えてもらえたばかりだ。また一からやり直して信頼関係を作るのもしんどいし、バーゲル氏の保護下から出る年齢となれば、正式に冒険者として登録が必要だと思う。

 何年間、バーゲル氏が私の面倒を見てくれるかわからないけど……。

 そのためにも、ロイダール兵の一件が終わったらすぐ、採取はしたい。

 どうしたらいいのか、今のうちに確認したくて聞いてみたら、バーゲル氏が言った。


「心配する必要はないぞ。わしも魔物の研究のため、白の領域へは赴く。その際に採取も受ければ良い」


「わ、ありがとうございます」


 保護者同伴で採取に行けるなら、それに越したことはない。


「その際には、またぜひご用命ください」


 ベルさんが微笑んで言えば「世話になるぞ」と言うバーゲル氏。

 何度か雇用されたことがあるから、ベルさんも彼のことを知っていたみたいだ。


「あ、あともう一つ」


「まだ何か疑問があるのか。いうがよいぞ」


 バーゲル氏が鷹揚に言ってくれるので、安心して私は質問した。


「お家賃はどうしたらいいでしょう?」


 養父という形ではなく、先生のところに住まわせてもらうようなものだ。

 この場合、寄宿舎でもお金が必要になると思うのだけど……。


「家賃!?」

「家賃だと!?」


 ベルさんとバーゲル氏が目を丸くして叫んだ。

 え、何かとんでもないことを言ってしまっただろうか?


 思わずレジェスさんの方を見れば、頭を抱えるようにしてうつむいていた。


「城……城に居候するのに家賃……」


 どうやらとんでもないことを言ってしまったらしい。

 弁解するべきかとおろおろしたところで、バーゲル氏が保護者らしく説明してくれる。


「リーザよ。子供だからこそ保護者が必要だと連れてこられた子だ、お前は」


「はい」


 それは承知しております。


「子供を匿うようなものだ。なのにその子供に家賃を求める保護者がいるものか」


「では、バーゲル……先生がお支払いになるのですか?」


 養父ではなく師事するのだから、先生でいいかな?

 そう思って先生と呼んだのだけど、敬称など耳に入らないほど驚いたらしい。

 バーゲル先生は、ぽかーんと顎が外れそうなほど口を開いて静止してしまった。


 すると呻くような声で、顔を上げたレジェスさんが言う。


「考えてみてくれ。匿うために保護者を手配したのは、領主である我が家だ。その相手に家賃を請求するということは、そんなにも我が家が困窮していると思われかねないんだ」


 しまった、レジェスさんの家が貧乏だと思ったのかとびっくりされてしまったらしい。

 もし多少懐事情が厳しくても、貴族の矜持として、そんな様子はおくびにも出したくないはず。

 元貴族なのに、平民生活に馴染みすぎてまったく気が回らなかった……。


「あの、失礼なことを申し上げました」


 レジェスさんは弱弱しい笑みを浮かべる。


「では、さっそく明日には引っ越しを頼むよ」


 そう締めくくり、保護者が無事決定した私だった。

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