断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。

甘寧

1

 記憶の扉と言うものは何時どこで開かれるか分からないものだ。

 それもガッチガチに鎖を巻き付け、鍵までかけて未来永劫開かれる事もないと思っていたものが急に開かられた時の驚きたるや否や……

 百歩譲ってその記憶が自身の黒歴史ならまだ許そう。その程度ならば大した事じゃない。

 だがしかし、仮に今の自分ではない者の記憶が流れ込んできたら?もし、それが断罪されている最中だったら?


 その時、貴方はどうする──……?




 ◈◈◈




「ベルベット・ダグラス!!聖女でもあるシャノン・ネリガン子爵令嬢に行った数々の悪行、王族として見過ごす訳にはいかない!!よって、お前との婚約は破棄し新たに聖女であるシャノンを婚約者とする!!」

「………………は?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 それは断罪されたからでは無い。今この瞬間に固く鍵をかけていた記憶の扉が開かれ、自身の知らない記憶が脳内を駆け巡ったからだった……


 その記憶には、知らない部屋で一人黙々と何かをやっている女性がいた。


『おっしゃ~!!!ジェフリールートコンプ!!』


(ジェフリー?)


『騎士団長だけあってガードも堅いし、まず人嫌いだったから攻略大変だったけど、まあ、そこがこのゲームの醍醐味ってもんよ』


 ベッドに転がりながら喜びを噛み締めている女性の言葉に不思議と近親感が湧いた。


『それにしてもベルベットって悪役令嬢なんだけど、芯はしっかりしてて個人的には好きなキャラだったんだけどなぁ』


 見ず知らずの者に自分の名を口にされ、不思議に思ってたが、すぐに「はっ」とした。


(……もしかして、ここって……)


 今流れている記憶は。ベルベットになる前の記憶で、この世界は前世でプレイしていた乙女ゲームなのでは!?と嫌な仮説が浮かびサァーと一瞬で血の気が引いた。


 ベルベット・ダグラス。名のあるダグラス公爵家に生まれ、蝶や花やと育てられた結果、傍若無人に育ち使用人達からも腫れ物扱い。社交界に顔を出すようになってからは更に拍車がかかり勝手気儘に過ごしていた。


(そのベルベットが今の私か……)


 ここが乙女ゲームの世界だとすれば、現在進行形で断罪中のベルベットは王子ルートの終盤にいる。

 この後、ベルベットは王子との婚約破棄後国外追放され王子はヒロインと無事に婚約、結婚を遂げハッピーエンド。

 因みに、断罪後のベルベットの生活は攻略対象者によって変わる。その中で王子ルートが一番まともかつ、一番安全。エンディングでは追放後のベルベットのその後は明らかにされていないが、このままゴネずにフェードアウトしてしまえば平民落ちにはなるが、ゲームという縛りからは完全に外れる。


 まあ、王子ルートを完全に攻略している時点で今後、悪役令嬢であるベルベットが登場する場面はないと思うが、ゲームにはバグというものが存在するので油断は禁物。

 それこそ命の取引になりうる事態も有り得るので、ここは大人しく身を引くのが一番。完全にゲームから外れたい。


「おいっ!!聞いているのか!?」


 怒鳴り声を上げたのは攻略対象者でもあり、この国の王子でもあるヴィンセント王子。

 ヒロインプレイ側にいる時には気付かなかったが、いざ逆の立場になると悪い部分がよく見える。


 ヴィンセント王子は金髪碧眼の絵に書いたようなイケメンだ。ヒロインには優しく尽くすタイプだが、婚約者で悪役令嬢であるベルベットに対する扱いは酷く冷たく言葉遣いも荒い。

 正直、この男のどこが良くて婚約者にしがみついていたのか分からない。


 だが、それはヒロインであるシャノンにも言える。

 ゲーム内では可憐で謙虚で思慮深く聖女らしいイメージだったが、今目にしているヒロインはこちらをほくそ笑み勝ち誇った顔でベルベットを見つめている。


 所詮はゲーム。売れる為に登場人物をよく見せるのは当然の事だが、いくらなんでも現実と違いすぎやしないか?


「ベルベット!!聞いているのか!!」


 色々考えを巡らせていて、断罪中だと言うことを忘れていた。


「あ、はい。すいません。えっと、婚約破棄ですよね?承知致しました。そちらのご令嬢とどうぞお幸せに」


 深々と頭を下げながら了承すると、この場にいる者たち全員が信じられないと言う顔をしながら呆然としている。


 私が素直に応じたのが信じられないのだろうね……


 まあ、それもそのはず。

 今までのベルベットは我儘し放題の癇癪持ちと言うのが周知の認識だろう。

 けど、実際にベルベットになって分かった。

 この人は悪役と言う立場にいたんだ。


 我儘に見せかけて買わせた服や宝石は裏ルートから近隣国へ流通し、纏まった金は孤児院へ匿名で寄付していた。

 癇癪持ちと言うのも、下手な事を言って自分に興味を持たれるのを避ける為だった。

 ベルベットの思惑通り徐々に人は離れて行き、立派な悪役令嬢が出来上がった。


 こんな裏設定ゲーム内では説明なかったから私自身も全然知らなかった。

 ここだけ見ればベルベットの方がよっぽどヒロインらしいが、根付いてしまった印象というものはそう簡単に覆すことは出来ない。


「ふ、ふんっ!!自分の行いを認めるということだな!?」


 正気に戻ったヴィンセントが鼻を鳴らしながらベルベットを更に責め立てた。


 ヒロインであるシャノンに行った悪行と言うが、元はと言えばシャノンの方に非がある。

 まあ、今更掘り返すことはしないが正直、王妃と言う器ではないことは確かだ。


「ベルベット・ダグラス!!貴様を生涯国外追放とする!!」


 はいはい。是非そうして下さい。

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