15

 攻略者ロジェ=リュディックは誰にでも優しく常に笑顔を絶やさない人だった。そんな聖人でもただ一人、笑顔を向けなかった者がいる。それが悪役令嬢であるベルベットだ。


 ヒロインであるシャノンとロジェとの出会いは、聖女としてこの国を視察に訪れたのが始まり。懇親的に怪我人を見舞ったり、孤児達には姉のように優しく話しかけ、時には子供達と一緒に泥まみれになって遊ぶ姿にロジェは惹かれていく。シャノンはロジェの気持ちに気付かぬまま自国へ戻るが、ある日、シャノンの事が忘れられないロジェが現れる。それもタイミング悪く、シャノンがベルベットと取り巻きに囲まれている最中にだ。すぐにロジェが間に入り事なきを得たが、ロジェはベルベットを軽蔑し罵る。


(聖人を怒らせるベルベットも流石だと思うわ……)


 ロジェルートは攻略内容的には優しい方で、よく言えば初心者向け。悪く言えば簡単すぎで面白みがなかった印象だったが、プレイ中は最後の最後までこの人には裏があると思っていた。何がそう思わせていたのか分からないが、言うならば女の勘ってやつ。


 それが今に繋がるかは分からないが、こんな薄ら笑いを浮かべるロジェをゲーム内では一度も見た事がない。逆にこの笑みが意味するのは何なのか分からずベルベットは今世で最も困惑していた。


「──なぁんてね。冗談ですよ」


 ベルベットの頭を撫でながら言うロジェは、いつも通りのロジェだった。


「……笑えない冗談ね」

「ふふ、すみません。ですが、私に一言相談してくだされば良かったのに。そうすればこちらは探す手間などなかったのですよ?」

「……それは……申し訳なかったと思います。でも、貴方が誰なのか知らなかったのだから連絡の取りようがないのでは?」


 逃げられないように壁際に追い込まれたままで、下手な事を言えるはずのないベルベットは必死に言葉を選びながら伝えた。


「それは私の落ち度でした……貴女が思い詰めている時にお役に立てず本当に申し訳ないと思ってます」


 そう言いながら頭を下げてきたが、別に謝って欲しい訳じゃない。お役に立てなくて大いに結構。むしろこちらに関わってくれるな。


「これから先は私が貴女を見守っていきますので、ご安心ください」

「はぁぁ!?……い、いや、そんな教皇様に対して恐れ多いしそんな守られる様な身分でもないので結構です」


 手を握りながら死刑宣告の様な言葉を投げかけられ、ベルベットは顔面蒼白になりながらも丁寧に断るがロジェは微笑んだままで手を離そうとはしない。これはベルベットが頷くまで離さないと言う意思表示だろう。


(冗談じゃないわよ!!)


 これ以上関りを持ちたくないベルベットは必死に手を払いのけようとするが、相手は成人男性。いくら見た目が女である自身より美しくても力の差は歴然なのだ。


(こんな時リアムがいれば……!!)


 そんなことを思った次の瞬間、スパンッ!!と物凄い勢いでロジェの手が払い落とされた。


「人ん家に上がりこんで何してんの?」

「これはこれは……番犬君ですか」


 リアムはベルベットを背に庇いながら、叩かれた手を撫でるロジェを睨みつけた。扉の外を見ると、息を切らしたネリーがヨルグに背中を擦られていた。

 どうやら、家の中にベルベット以外の気配を察したリアムが飛び込んできてくれたらしい。


「まったく、ベルもベルだよ。僕がいないのに男を簡単に連れ込むってどういう神経してんの?」

「──ちがっ!!私が招いた訳じゃないわよ!!」


 リアムが呆れながら言うが、こちらとしてもこればっかりは想定外で怒りを向けられるのは筋違いだと思う。


「ふ~ん。ベルはこう言ってるけど、本当?そうなるとあんた、了承なしに押し入ったってことになるけど?因みにその場合、僕に何されても文句言えないってことだから」


 殺気を纏わせながら威圧するが、ロジェは臆するどころかリアムに食いついてきた。


「おやおや、躾のなっていない番犬ですねぇ。力の差を見せつければ誰もが屈すると思ったら大間違いですよ?」

「あ゛?」


 馬鹿にするような言い草にリアムの雰囲気が変わった。後ろに私がいるから何とか踏みとどまっているって感じが伝わり、なんとも言え難い状況に冷や汗が出る。


「攻撃的に制するのが全てではないのですよ?精神的に追い詰め屈服させる方が、より相手に苦痛と戒めを与えられるという事です。まあ、攻撃しか脳の無い貴方には難しいでしょうが」

「──てめぇ……!!」


 クスッと嘲笑うかのように言われたリアムは額に青筋を立て、いつもの穏やかさが消えていた。もう後ろにベルベットがいる事など頭から抜け落ちている様で、ベルベットが服を掴んで飛びかかるのを止めているが、お構い無しにロジェの胸ぐらを掴みあげた。いよいよマズイと思った所で、ヨルグの唸り声が響いた。


 グルルルルルル………!!!


 ようやく正気に戻った二人が、ヨルグの方を振り返った。


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