16

『お前達、いい加減にせんか!!……ベル、ロジェが申し訳ない。こやつは連れて帰る』


 ヨルグがロジェの襟首を咥え家から引きずり出してくれた。当然ロジェが「何するんですか!?」などと騒ぎ立てたが大型の獣に敵うはずもない。呆気なく外に出されるとヨルグに対して文句を言っていたが、獣と言えど神格持ちには強くは言えず、不貞腐れながらも大人しくなった。


「仕方ありません……本日は貴女の顔が見れただけでも良しと致しましょう。後日、改めてお伺い致しますね」

「いや、教皇はお忙しい身ですし助けたお礼も頂きましたから……」


 遠回しに「来るな」と言っているのだが、ロジェには伝わらなかったのか、伝わっていても素知らぬフリを決め込んでいるのか「気にするな」の一点張りで話にならない。


 そんなロジェにヨルグは一喝する様に大口を開けて吠えると、無理やりロジェを背に乗せた。


『ほんにすまない。この詫びはいずれ必ずする』

「結構よ。その代わり、貴方の主をしっかり躾といてよね」

『……あい分かった』


 ヨルグの大きな頭を撫でながら伝えると、困ったように微笑み返してくれた。そして、背にロジェを乗せたまま来た道を戻って行った。その後ろ姿を黙って見ていたリアムが、前を見据えたまま口を開いた。


「──……で?どうすんの?また引越す?」

「……………」


 問われたベルベットは返答に困った。正直な所は、引越したい。そこに安息があるのなら、洞窟だろうと木の上だろうと文句は言わない。だが、それはベルベッド一人の意見であって皆の意見にはならない。チラッとネリーを見ると、寂し気にこちらを見ていた。苦労して手入れをして住めるまでにした思い入れのあるこの家を離れたくないのだろう。


 その思いはベルベットにもよく伝わっているからリアムの問いに中々返事を返せずにいるのだ。


「僕らはベルの従者だし、主であるベルの言葉は絶対だと思ってる。だからどうするかはベル次第なんだよ」


 いつになく真面目な表情で詰め寄ってくる。こんな時のリアムは狡い。あくまでも自分は仕えている身だと全力で私に責任を押し付けてくる。


 そもそも、お嬢様じゃなくなったんだから私も二人と対等だと思うんだけど……まあ、今そんな事を言ったら火に油を注ぐだけになるから言わないけど。


 二人は黙ってベルベットの答えを待っている。ベルベットは大きな溜息を吐くと、二人に向き合った。


「今回はここに残るわ」

「へぇ?」


 ベルベットの答えにわざとらしく頬を緩めるリアムに若干イラつきながらも話を進めた。


「何度も引越すほど金銭的な余裕も体力も無いってのが一つだけど、ネリーがここを気に入ってるっての一番の理由ね」

「お嬢様……ッ!!」


 ネリーは口元を手で覆いながら感極まって泣きそうになっている。それはベルベットが他人に気遣いが出来ることに感動しているのか、はたまた単純に嬉しいだけなのかは定かではないが、喜んでくれたのらなばそれで良しとしよう


「ベルも大人になったって事だねぇ」

「うるさいわよ。あんただって本当は分かってて、わざと煽ったんでしょ?」

「さあね」


 リアムはニヤッと微笑むと手を頭の後ろに回し、そのままどこかへ行ってしまった。


「まったく……」


 そう言うベルベッドも心做しか嬉しそうだった。


 まあ、攻略者と言えど相手は教皇様。そう易々とこんな山奥になんて来れるはずなかろう。万が一にも来た際には居留守を決め込めばいいだけの事。……そう安易に考えていた。




 ◈◈◈



「ごめんください」


 コンコンと扉を叩きながら声を掛けるのは、言わずもながロジェである。因みに、本日二回目の訪問。

 ベルベッドが高を括ったあの日から、連日連夜ロジェは訪れている。その度にリアムとネリーが対応してくれたが、今日のように二度三度と来られると隙が出来てしまい、鉢合わせする事もしばしば……そんな訳だからベルベッドは常に気を張っていて休まる暇がない。

 最近では扉の音にも敏感で、コンと一度鳴るだけで体が勝手に隠れようとしてしまう。


「ベル~、ドレスだよ」

「はぁぁぁ~~…………」


 溜息を吐きながらテーブルに突っ伏すベルベッドの前に、リアムは手に持ったドレスを掲げるように広げて見せてきた。


 ロジェが来るようになってから家の中が急に華やかになった。それもこれも全てロジェからの貢ぎ物。最初の内は花束や菓子だったが、それがドレスになり宝石なのどの装飾品になり、あろう事かシュミーズまで贈ってきた事もある。


 何度、要らないと言っても聞き入れてくれず、リアムは「くれる物は貰っとけ」と言うし、ネリーは「毎日同じ服では飽きますからね」と目を輝かせて着せ替え人形の様に毎日着付けてくる。この二人を前に断ることが出来ず、贈り物言う名の貢ぎ物が溜まっているのだ。


「……こう言っちゃなんだけどさぁ。あいつ、ベルを身の回りから管理しようとしてんじゃない?」

「え?」

「百歩譲ってドレスや宝石はまだいいけど、下着まで贈ってくる時点で常識を逸脱してるよね」

「言われてみれば……」


 リアムに平然と言われ、初めておかしい事に気がついた。


「今はまだ身に付けるものに限定されてるけど、そのうち行動まで監視し始めたりしてね」

「え?ちょっと待って、何それ、怖いんだけど」


 何も知らないリアムは冗談交じりに言っているが、ベルベッドは冗談には聞こえなかった。


 リアムの言う通りだわ。シナリオからは外れていると信じたい。けど、こうも攻略者との接触があると疑わしくなる。更に監視までされた日には破滅の道までノンストップコース。


(それだけは死んでも避けたい……!!)









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