17
──という事で、色々考えた結果ベルベッド一行は必要最低限の荷物だけ持って町にやって来た。というのも、ロジェの執拗な訪問……もとい、貢物から逃げる為、一時的な避難所として借家を借りたのだ。無駄な出費だと思うだろうが、これは生き残る為の必要経費。決して無駄金では無い。……と自分に言い聞かせる。
因みに、ネリーには土下座でお願いした。
「お願い!!引越しとは言わない!!半年……いえ、一月、いえ、一週間でもいい!!あの男の目の届かない所に行かせて頂戴!!」
当初ベルベットはネリーを一緒に連れて行くか悩んだ。だが、ロジェがネリーに危害を加えないという確証がないので最悪の事態を避けるために付いてきて欲しいとお願いした。
腐っても教皇なんだから大丈夫なんじゃない?と言うリアムの言葉は聞き流した。
ネリーは涙目で訴えるベルベットを無碍にもできず真摯に受け止め答えをだした。
「確かに、少しおかしいと思う点はありましたからね。お嬢様が私の事を思っていることも十分に分かりましたので、しばらくここを離れることにしましょう」
にっこり微笑み返してくれた。
「──ですが、いつでも戻れるよう定期的にここの手入れはさせてくださいよ?」
「勿論よ!!ありがとう!!」
こうして三日に一度はネリーが短時間だけ家に戻る事で決まり、揉めることなく町へと下りてきた。
借りた物件は二階建ての集合住宅で、市場から少々離れているので家賃もお手頃価格で即決だった。避難所として使うには勿体ないほど十分な広さがあり、家具も備え付けられていて必要最低限の物しか持ち込まなかった我々には嬉しい誤算だった。
隣は酒場になっており日が暮れ始めると男らの豪快な笑い声や言い合う声が飛び交ったりするが、全然気にならない。むしろリアムが何かしでかさないか逆に心配している。
まあ、そんな心配は杞憂で外が賑わってくると、リアムは浮き足立ちながら酒場へと足を運んでる。当然ネリーはそんなリアムにとやかく言ってはいるが、何せ相手は自己弁護させたら右に出る者はいないリアムだ。
「ヤダなぁ~、僕はベルの護衛だよ?危険な奴がいないか見回りながら情報集めてんだよ」
ここぞとばかりに護衛の二文字を出すリアムに頭が痛い。
護衛と言われたらネリーは何も言えず、毎度悔しそうに歯を食いしばって見送っている。そんな毎日だが、順調に平穏を取り戻している感じがベルベッドにとっては何事にも変え難いものだった。
その平穏もある日突然奪われる事になるとは知らずに……
◈◈◈
その日、朝から外が騒がしい事に気づき、いつもより早く目を覚ましたベルベッドは軽く身支度を整えて、酒場の女将さんに何事か聞いてみた。
「あら、ベルちゃん知らないのかい?明日、聖女様が視察にやって来るんだってよ」
「…………………え?」
「なんでも王子と婚約したらしが、何故だか国王がお怒りらしくてね。聖女としての務めがしっかり出来ない内は婚姻させないって言ってるらしいんだよ」
その話を聞いてベルベッドは心の底から「お父様----!?」と叫びたかった。
国を出る時、確かに暗雲は立ち込めてたが静観させてもらったよ?はい、それは何故か。私に危害がないと思ったからです。まさかこんな特大ブーメランが来るとは思いもしなかった。
ベルベッドは両手で顔を覆いながら天を仰いだ。
聖女が来ると言うことは、今まさにロジェルートが解放されつつあるという事。即ち、それはベルベッドは悪役令嬢と言う役目から逃れていない事を意味している。
あまりにも衝撃的事実にベルベッドは目の前が真っ暗になり、気付いたら部屋に戻っていた。どうやって戻ってきたのかも分からない。分かっているのは、シナリオ通りに事が運んでいるということ。
(もう、泣きそう……)
どう足掻いても悪役令嬢は悪役から逃れられないって事なの?
項垂れるようにテーブルに突っ伏していると、背後から声がかかった。
「珍しい。ベルが起きてるよ」
「あら、お嬢様、そこはベッドじゃありませんよ?」
欠伸をしながらリアムとネリーがやって来た。
「~~~ッ!!ネリ~!!リアム~!!」
「うわっ!!どうしたの!?」
顔を見るなり目に涙を浮かべて抱きついて来たベルベッドをネリーが優しく受け止めてくれた。リアムが何があったのか、誰に泣かされたのか必要に聞いてきたがベルベッドは黙ったままネリーの腕の中に顔を埋めている。
「もぉ、ちゃんと言ってくれないと仕返しに行けないじゃないか」
腰に手を当てて殺りに行く気満々のリアムを見ながらベルベッドは悩んだ。この二人には本当の事を伝えてもいいんじゃないか。この二人なら自分の言葉を信じてくれる。……ような気がすると。
顔を上げてジッとネリーの目を見れば、優しく微笑みながらも瞳の奥は心配している事がよく分かる。それはリアムも同様に。
(この二人なら大丈夫)
意を決したベルベッドはネリーから離れると深く息を吸い込み、心を落ち着かせながらゆっくり説明を始めた。
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