33
カツンカツン……
深夜、静まり返った塔の階段をゆっくり上っていく足音だけが響く。
キィ……
古びた扉を開くと、狭い部屋の半分を占めるベッドの上でシャノンが寝息を立てている。ベッドのマットレスは硬く、身体を包んでいる毛布は風に飛ばされそうなほど薄い。
ここに来たばかりの頃は、こんなベッドでは寝れないと頑なに拒んでいたシャノンも日が経つにつれてベッドで眠るようになった。
母であるエリーザベトは起こさないように静かにドアを閉め、再び階段をのぼり上の階のドアを開けた。
その部屋の奥、窓際に人影が見えた。月明かりに照らされたその者は、シャノンの影の男。
「遅かったじゃない。それで?ちゃんと始末出来たんでしょうね?」
エリーザベトが声をかけるが応えは無い。
「あの女のせいでシナリオが滅茶苦茶じゃない。悪役は悪役らしく死ねばいいのよ。……で?いつまで黙っているつもり?」
腕を組み、鋭い視線で睨みつけるが男は黙ったまま。
「いい加減にしなさい!!誰があんたの主だと思ってるの!?」
エリーザベトが怒鳴りつけるとようやく男が口を開いた。
「はぁぁ~……もう限界。クビでも何でもしてくれ。これ以上あんたらに付き合うなんて無理だわ」
「は……?」
男は口元を覆っていた布を剥ぎ取ると、溜息を吐きながらエリーザベトに伝えた。
「な、何を言っているの?あんたみたいな約立たず、ここをクビになったら行くとこなんてないでしょ?」
エリーザベトは狼狽えながらも強気な姿勢は崩さない。そんなエリーザベトを嘲笑うかのように男は続けた。
「裏の仕事なんていくらでもあるんだよ。人を罵るしか脳のない雇い主なんざこっちからお断りだ」
「んなっ!!」
いつもの大人しい雰囲気はなく、今までの苛立ちをぶつけるように荒々しく言い放つ。
「それに、このままあんたらと一緒にいたら俺まで巻き添え食いそうだからな」
「どういう……」
まるでこの後の展開が分かっているような言い草にエリーザベトの眉間に皺がよる。そんなエリーザベトを見下ろすようにして男の唇が弧を描きながら「あんたら終わりだよ」と言った。
「さて、俺は行くとするかな。ああ、この顔の傷の事は許してやるよ。正直、嬲り殺したいぐらいあんたらが憎いが、それ以上の苦痛を味わう事になるだろうからな」
「どういう事!?何を言っているの!?」
男は止めるエリーザベトの言葉など無視して、暗闇の中に消えて行ってしまった。
残されたエリーザベトはギリッと血が滲むほど唇を噛み締めている。静寂がエリーザベトを包み込んだが、それを破るかの様に背後から声がかかった。
「おやおや、唯一の仲間に逃げられてしまいましたか?」
驚いたエリーザベトが振り返ると、そこには教皇であるロジェが微笑みながらドアによそりかかっていた。
「ロジェ様!!」
ロジェの姿を見たエリーザベトは歓喜に湧いた。
隣国にいるロジェがこの国にいる事と、こんな遅くに
既にシナリオなど破綻しているのだが、エリーザベトはこの期に及んでまだシャノンがヒロインだと信じて疑っていない。
「ああ、そこから動かないでください」
満面の笑みを浮かべながらロジェの元に駆け寄ろうとしたが、冷たい瞳で止められた。
「え?何故……?」と消え入りそうな声で呟くが、ロジェは構わず続けた。
「貴方達のした事でこの国に呼ばれたんですよ。事情聴取ってやつです」
「こんな遅くまで軟禁されていい迷惑ですよ」と溜息を吐きながらボヤいている。
「私がここに立ち寄ったのは、
「そ、それはシャノンを心配しての事ですよね!?」
前のめりになりながら聞き返すと、ロジェは今までに見た事がないほど冷たい表情でエリーザベトを見返した。その表情に背筋がゾッとする。
「何を勘違いしているのか知りませんが、少なくともそれだけはありませんね」
「なんでよ!!ロジェはシャノンと結ばれるはずなのよ!!」
ロジェが溜息を吐きながら言ったことにエリザベートは「そんなはずない!!」とたかが外れたように叫びだした。
「ロジェだけじゃないわ!!ジェフリーだってシャノンのものよ!!だってあの子はこの世界そのものなんですから!!」
フ―フ―と肩で息を吐きながら捲し立てたエリザベートだが、ロジェは冷静に黙って聞いていている。それがエリザベートを更に熱くさせることになる。
「全部あの女のせいよ!!あの女がシナリオ通りに動かないから!!」
「……それはベルのことですか?」
「そうよ!!あの女は悪役なの!!大人しく悪役をやっていればよかったのに……!!」
「だから殺そうと?」
「悪い?あの女さえ消えてくれれば全部うまくいくはずなのよ!!貴方もシャノンのものよ!!」
あははははは!!と高々に笑うエリザベートをロジェは軽蔑するような目で見つめていたが、溜息を一つ吐いてエリザベートに向き合った。
「残念ですが、私は聖女様のものにはなりません。そもそもこちらにも選ぶ権利はありますからね。ああ、それとベルは生きてますよ」
「………………は?」
「団長殿が丁度居合わせていたらしんですよ。まあ、ベルには手練れだ護衛が付いていますし、そう易々と事が運ぶとは思えませんがね」
「あいつ、またしくじったのね!!」
ロジェの言葉を聞き終えると同時にエリザベートが叫んだ。それと同時に
──ドンッ
大きな音を立ててエリザベートは壁に打ち付けられた。
「いい加減その口を塞いでもらえますか?不快でしかたない」
「───ッぐる……」
流石に我慢の限界だったロジェに首を絞められ、涙目になりながら苦しんでいる。ロジェはそれでも気にせず絞め続ける。
「貴方がたの悪行は全て陛下の耳に入ってます。教会の影を使ってベルを襲った事ととかですね。ベルのお父上である公爵も不当な婚約破棄で名を穢された娘の為に調査してましたからね。ベルを悪役に仕立てて婚約者を奪った悪女として近々聖女様の名が知れ渡る事でしょう」
「………や…め…はな……」
エリザベートは涙や涎を垂れ流して必死にロジェの手から逃れようとするがビクともしない。
「どうです?命を狙われる側の気持ちが少しは分かりましたか?……正直、このまま命を奪ってもいいのですが、ベルに知られると優しいあの子は悲しむので……」
ここでようやくロジェの手が緩んだのに気づいたエリザベートは慌てて手を振り払って逃げ出した。新鮮な空気が一気に送り込まれ「ゴホゴホッ」咽ている。その背後にロジェが近寄る気配がして、再び恐怖に怯えた。
「あ……ごめ……私……」
「やっと謝罪の言葉を口にしましたね。ですが、遅いです」
フッと微笑んだかと思えば、射貫くような冷たい目を向けた。
「それと、これだけは言っておきます。私は
それだけ言うと、踵を返してその場を後にした。
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