24

 その音はシャノンが子供の頬をぶった音だった。


「は?」


 思わず声が出た。


 いくら人格がゲームとは違うとは言え、子供好きは変わりないとどこかで信じていた所があった。だが、現実は幼い子供に手を上げ、泣きじゃくる子供を酷く罵る姿に何故か無性に腹が立った。


 多分これは、前世の自分の気持ちだろう。自分がプレイしていたキャラでもあり、それなりの愛着はある。そんなキャラを無碍にするような行動がどうしても許せなかった。ゲームと現実は違うと言われればそうなのだが、幼い子に手を上げるのは人としても許せる行動じゃない。


 ロジェが止めに入っているが、シャノンの気は済まないようで再び手を大きく振り上げた。子供はまたぶたれると思い、体を震わせ縮こまっていた。


 パンッ!!


 振り上げた手は子供には届かなかった。


 子供の前にはベルベットが盾になり、代わりにぶたれたのだ。その衝撃で変装していた眼鏡が飛ばされて素顔が公になっていたが、ベルベットは気にせずシャノンを睨みつけた。


「──は?」


 シャノンは一瞬誰だか分からないようだったが、すぐに誰だか察した様で鼻で笑いながら馬鹿にしてきた。


「あら、どこの平民かと思えば、のベルベットさんじゃありません事?あまりにも落ちぶれた姿に誰だか分かりませんでしたわ。申し訳ありません」


これっぽちも詫び入れる素振りはない姿に、ベルベッドが口を開いた。


「……私の事は何とでも言えばいいわ。でもね、こんな子供に手を上げるのは容認できないわね」


 冷静に言い返されたシャノンは分かりやすく顔を歪めたが、すぐに横からシャノンを庇うように母であるエリーザベトが飛び出してきた。──その顔は歓喜に満ちていた。


「貴女の仕業ね!!この子供を使って聖女であるシャノンを陥れようとしたのね!!」

「は?」


 エリーザベトの事を知らないベルベットは一体何を言われているのか頭が追い付いて行かず、茫然としていた。


 シャノンが子供に手を上げてしまったのは不徳な事態だったが、ここでベルベットが現れてくれたのは絶好のチャンスだとエリーザベトは集まった人らの視線をベルベットに向けるよう仕向けた。


「皆様聞いてちょうだい!!この女は聖女を虐げて国外追放されたのです!!まさか幼い子供を使ってまで陥れようなどと……恥を知りなさい!!さあ、この女を捕らえてちょうだい!!これ以上聖女に危害を加える前に!!」


 エリーザベトが大声で言うと、同調するかのように先ほどまでの強気な態度を一変させたシャノンがロジェに助けを求め始めた。


「ああ、ロジェ様、私をお助け下さい……」


 ロジェの胸に寄りかかり泣きまねをしているが、ベルベットの方からはほくそ笑んでいるのが丸見え。完全に勝ち誇っているシャノンを見てベルベットは諦めがついた。


 もう何をしても悪役令嬢から逃れられないのなら、とことんやってやるわよ。


 ベルベットの後ろで震えている子供を抱きしめながら決意を固めた。後悔はない。あるとすれば、リアムとネリーの事。これだけの騒ぎを起こしたのだからタダで済むとは思っていない。あの二人は無関係なのだから、これを機に新たな道を歩んでもらえばいい。そう思っていると……


「──いい加減にしてください」


 静かに低く、それでいてよく響く声が聞こえた。


「誰を捕らえると?幼い子供を護ろうとした女性を捕らえろと言うのですか?」


 その声の主はロジェで、胸に寄り添っているシャノンを引き剥がすと蔑むような視線を向けていた。


「あ、あの、ロジェ……様?」


 シャノンが顔を引き攣らせながら手を伸ばしたが、その手はロジェによって叩き落とされた。

 シャノンは信じられない様な顔をしていたが、それはエリーザベトも同じで、何が起こったのか分からないと言った表情をしている。


 ロジェはそんな二人に目もくれず、ベルベッドの傍に行くと跪き手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」

「え?あ、ああ、私は大丈夫です。この子をお願いできますか?」


 ベルベッドは後ろで震えている子供をロジェに引き渡そうとするが、子供がベルベッドにしがみついて離れようとしない。


 その姿を見てエリーザベトが更に声を荒らげた。


「ほら見なさい!!その子供がその女から離れないのが何よりの証拠よ!!早く捕らえなさい!!」


 この期に及んでまだベルベッドを悪人に仕立てたいらしいが、周りの人らの目はそうは捉えていない。


「もうおやめ下さい。貴方が騒ぎ立てれば立てるだけ聖女様の心証が悪くなります」


 エリーザベトを止めるように間に入ってきたのは、ジェフリーだった。


(そう言えば、護衛として来てたんだった)


 それならそうと早く止めに入れよ!!と出かかったが、グッと飲み込んだ。


 エリーザベトはまだ何か言いたげだったが、周りの視線に耐えきれなかったのかシャリンまでもが落ち着くよう声をかけた。エリーザベトは悔しそうにベルベッドを睨みつけると足早に教会へと戻って行った。


「止めるのが遅くなって申し訳なかった。今回の件は俺から陛下に伝えておくから安心していい」


 ジェフリーが深々頭を下げてきたが、謝罪なんぞいらない。


「私の事はいいので、この子の手当をお願いできますか?」

「いや、貴女も怪我をしているだろう?血が滲んでいる」


 そう指摘されて初めて唇が切れていることに気が付いた。

 ジェフリーはベルベッドも一緒に手当をしようと手を差し出してきたが、遮るようにロジェが割り込んできた。


「ベルは手当するので、貴方は聖女様をお願い出来ますか?」


 ロジェが見せつけるように肩を抱き寄せると、ジェフリーは眉を寄せ苛立ったような表情を浮かべたが「……頼む」と一言だけ言うと踵を返し、二人を追うように教会へと急いだ。





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