23
今日はシャノンが教会を訪れる日という事もあり、町の子供達は一目聖女を見ようと教会へと集まっていた。
「ベル姉ちゃん、早く早く!!」
「なんでこんな事に……」
ベルベッドは酒場の女将の息子であるマルクに手を引かれ教会へと向かっていた。
事の始まりは数分前──
子供達の賑やかな声で目を覚ましたベルベッドは、眠い目をこすりながらリアムとネリーに朝の挨拶を済ませ朝食を摂っていると、リアムが心配しながら声をかけてきた。
「ベル本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。部屋から出なければいいんだもの」
今日はリアムとネリーが一日留守にするので、ベルベッドが一人で留守番という訳だがシナリオが動き出した今、ベルベッドを一人にして行くのを危惧している様だった。心配してくれるのは有り難いが、どうにも面白くない。
そりゃ、小さな子供なら心配して当然だが、こちらとら成人している大人ぞ?たかが一日留守番するだけで何でこんなに心配されなければいかんのだ?
朝食を口に含みながら顔を顰めていると「分かったよ」と半ば諦めたような返事が返ってきた。
ベルベッドが朝食を食べ終えると、二人は後ろ髪を引かれながら部屋を出て行った。その後姿を笑顔で見送るといつものように窓際で外を眺めていた。
「今日は良い天気ね」
今日は雲一つない快晴。気持ちよく外の風を受けていると、やけに下が騒がしい事に気が付いた。
「なんでだよ!!約束してたじゃないか!!」
「仕方ないだろ!!父ちゃんの具合が悪いんだ!!」
どうやら酒場の女将さんと息子のマルクが口論しているようだった。話の内容から、教会に聖女を見に行く約束を女将さんがマルクとしていたらしいが、旦那さんが体調を崩して寝込んでいるらしかった。女将さんは店の仕込みやら買い出しやらあるので、今日は行けないと伝えたところマルクが癇癪を起こしているのだ。
「いい加減におし!!お前の我儘聞いてる暇はないんだよ!!」
業を煮やした女将さんはマルクを外に放ったらかしたまま店に戻って行った。
マルクは目に涙を貯めていたが、必死に歯を食いしばり涙が溢れるのを堪えている。
そんなマルクを見つめていると、視線に気付いたのか目が合った。その目はまるで捨てられた仔犬の様で……
(ちょっと、そんな目で見つめないでよ)
グサグサと刺さる視線にベルベッドが根を上げ、冒頭の事態になった。
「いい事、マルク。最初に言った通り、聖女様の姿をちょっとだけ見たらすぐ帰るからね。本当にちょっとだけよ!!」
「分かってるよ。てゆうかベル姉ちゃん、何その格好」
「え?」
今のベルベットは瓶底眼鏡におさげ姿。更に服装も出来る限り風景に溶け込む様な色合いにしている。まあ、はっきり言えば芋臭い感じに仕上がっている。
「せっかく教会に行くのに、それでいいの?」
教会にはそれはそれは美しい教皇のロジェがいるので、世の女性達はもしかしたらお眼鏡にかなうかもしれないと、着飾る者が多い。なので、何も知らないマルクは当然不思議に思って問いかけてきた。
「逆にこれじゃなきゃ駄目なのよ」
「ふ~ん」
マルクは納得いかないような感じだったが、それ以上は何も聞いてこなかった。酒場で育った子だけあって、空気を読むのは上手いらしい。
そんな話をしているうちに教会が見えてきた。
教会の前には既に人だかりができており、近くで見ることは困難だ。
「うわ、すごい人だ」
「そうね。あの中に入るのは危険だから、私達はこの辺で見てましょうか」
「……うん」
ベルベット達は少し離れたところから見ることにした。マルクは不満そうだったが、ベルベットは内心安堵していた。
(この人だかりなら絶対分からないわ)
いくら変装しているとはいえ、イレギュラーの事態が起こるのがゲームの世界なのだ。それでなくとも現在進行形でイレギュラーな事態なのだからな。
(こんな場面リアムに見られたら何を言われるか……)
ベルベットが溜息を吐いていると、大きな歓声が上がった。顔を上げてみると、ロジェに手を引かれるシャノンの姿があった。
「聖女様だ!!」
マルクも顔を輝かせて小さな体を前のめりにしながら必死にその姿を目にしようとしている。
シャノンは優しく微笑み集まった人達に手を振り返していて、その度に歓声があがる。それに加えて隣を歩くロジェの美しさに女性陣からは黄色い歓声が混じっている。
シャノンは優越感に浸っているのか、ロジェの腕に手を絡ませ身体をぴったりとくっつけている。その姿はまるで恋人同士のようで、流石にまずいんじゃないのか?と思っていると案の定、周りからひそひそと苦言が聞こえてきた。
「何あれ」
「あの人、王子の婚約者でしょ?」
「普通婚約者がいるのに他の男に身体を擦り付ける?」
「浮気ってこと?」
当然の反応だ。公にされてないと言っても、王子の婚約者と言う噂はこの国にまで広まっている。仮に婚約者ではないとして、聖女であろう者が公共の場で男に身体を密着させているなんて聖女の名に傷がつく。
ロジェもそれとなく身体を離そうとしている様子が取って見えるが、シャノンは気にする様子が一切ない。それどころか煽るように女性達に向かって勝ち誇った顔を向けた。それがまた、女性達の嫉妬心に火をつけた。
「なんなのあの女!!」
「聖女だからっていい気になってんじゃないわよ!!」
完全に女性らを敵に回したシャノンだが、その顔は満足気だった。相変わらずの態度にベルベットはげんなりしつつ、早くここから離れようとマルクに声を掛けた。
「さあ、マルクもういいでしょ?帰るわよ」
「待って、あっ!!」
マルクが驚いた顔をしたと同時に悲鳴が聞こえた。
見ると、シャノンの足元には小さな子供が倒れており、シャノンのスカートの裾には泥がべっとりついていた。
どうやら、シャノンの為に泥団子を作った孤児院の子が渡しに行こうとした所で派手に躓き、泥団子はシャノンにぶつけてしまったようだった。
躓いた子供は震えながら謝っているが、きっと大丈夫。これは、ロジェの好感度を上げる為のイベントに違いない。そうベルベットが思っていると、パンッ!!と鈍い音が響いた。
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