19

 ジェフリーの逞しい腕に抱きしめられて、ベルベッドは何起こったのか分からず呆然としていた。


「話したい事は山と言う程あるが今は任務中でな。……今夜、時間あるか?」

「えっとぉ~……」


(ヤバい。急な展開に頭が追いついて来ない)


 ベルベッドの額からは嫌な汗が滝のように流れ出て、中々次の言葉が見つからない。沈黙を破るように、外からジェフリーを呼ぶ団員の声が聞こえた。


「すまないが、行かねばならない。今夜、広場にある噴水の前で待っている。もし、都合がついたら来てくれ」

「──えっ!?いや、ちょっと……!!」


 ジェフリーはベルベッドの応えも聞かずに足早に外へと出ていってしまった。




 ◈◈◈



 コンコンッ


 王城の一室、聖女シャノンの部屋を軽くノックし顔を見せたのは……


「お母様!!」

「ふふ、久しぶりね。私の可愛いシャノン」


 嬉しそうに顔を上げたシャノンに優しく微笑む女性。シャノンの母であるエリーザベト・ネリガン子爵夫人だ。微笑む姿はシャノンに瓜二つで誰が見ても母だと分かる。


 エリーザベトは部屋の中央にあるソファーに座ると、お茶を用意していた侍女に退出するように促した。


 侍女が退出すると先ほどとは打って変わって真剣な表情に変わった。


「さて、邪魔者もいなくなったことで、本題に入りましょうか」


 用意されたお茶を一口啜ると、シャノンに鋭い視線を向けた。シャノンはその視線にビクッと肩が震えたが、一呼吸置いてから話し始めた。


「それが……お母様の言う通りジェフリー団長に近づこうとしたんですが中々うまくいかなくて……」

「そんなはずがないわ。貴女はこの世界のヒロインなのよ?この世界は貴女のものなの」


 シャノンの手を力強く握りしめながら言い切るエリーザベト。そう、このエリーザベトもベルベットと同じように転生者。


 とはいうものの、ベルベットは違いヒロインの母というポジションだったので、転生したばかりの頃は自分が乙女ゲームの世界にいるとは分からなかった。

 気が付いたのはシャノンが生まれ、ベルベットという存在を目にした時だった。


 自分が前世でプレイしていたゲームに転生したと分かり、内心歓喜したが我儘を言わせてもらえばヒロインが良かったと言うのが本音だが、お腹を痛めて産んだのがヒロインシャノンだという事に不満はない。なんならリアルでヒロインを育成しながら攻略対象者を攻略しているような感覚だった。

 そんなこともあり、エリーザベトは自分の知りうる知識を使いヒロインを逆ハールートに導こうとしていた。


 自分の子には幸せになって欲しいという親心と、コンプリートしたいと言うプレイヤー魂が複雑に絡み合った結果だ。


「大丈夫よ。ちゃんとシナリオ通りには進んでるわ。この後貴方はロジェルートに入るの。そこで教皇であるロジェと親しい関係になるのよ」

「……うまくいくでしょうか?」

「安心しなさい。お母様は全てを知っているの。必ずロジェは貴女の虜になるわ」


 シャノンの頭を優しく撫でる姿はまさに子供を愛する母親そのもの。


(気にかかるのはベルベットだけど……)


 エリーザベトは眉間に皺を寄せながら悪役令嬢であるベルベットの事を考えていた。


 ベルベットはヴィンセントの断罪後、抵抗することもなく自らの意思で国外に出たと聞いた。それがどうしても気にかかっていた。


 ゲームでは断罪された際に酷く抵抗し、反論した。そこで更に王子の怒りを買ったベルベットは国を出るまで牢に入れられていたはず。本来ならば、身一つで国を追い出されるはずだったのに従者を連れていると聞いた時にはゲームのバグかと思ったが、あまりにも展開がおかし過ぎる。


 ベルベットが国を出てすぐ襲われた時にジェフリーが助けに入ったと聞き、愕然としたのは記憶に新しい。

 あの時、ベルベッドを襲うように指示を出したのはヴィンセントだった。自分が謹慎となった事に対するただの逆恨みだった。それが影響しているのか分からないが、未だにシャノンはヴィンセントとは正式に婚約を結べていない。


(まったく余計なことを……)


 エリーザベトはギリッと歯を食いしばった。


 次はロジェルートだ。視察に行くところまではシナリオ通り。問題は悪役令嬢であるベルベットがこの国にいないという事だが、幸か不幸か今ベルベットはロジェのいる国にいる。


(これはゲームの補正力ね)


 エリーザベトはニヤッと不敵な笑みを一瞬浮かべた後、母の顔に戻りシャンに向き合った。


「シャノン。今回の視察はお母様も同行するわ」

「え!?本当ですか!?嬉しい!!」


 エリーザベトの申し出にシャノンは顔を綻ばせた。その表情は子供のように可愛らしく愛らしかった。











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