28

 夜の町を歩くネリーは迷うことなく、噴水のある広場へやって来た。そこには思った通り、ジェフリーが待ち人を待っている様だった。


 呆れるように溜息を吐き、ジェフリーの元へ足を進めた。


 ジェフリーは人の気配を感じ、振り返るとそこには顔を隠すように真っ黒な外套を羽織った者がいた。すっかりベルベットだと信じているジェフリーは口元が緩みそうになりながら声を掛けようとした。


「──こんばんわ。騎士様」


 いち早くネリーがフードを取り、にっこり微笑みながら挨拶をした。


 ベルベットだと思っていたジェフリーはまさかの人物にたじろいだが、すぐに気を戻しネリーに鋭い視線を向けた。


「お嬢様じゃなくてごめんなさい?」


 あからさまな態度に失笑してしまう。


「何故お前がここにいる」

「だって、呼びつけたのは騎士様でしょう?」

「……お前を呼んだのではない」


 そんなこと知っている。


 ジェフリーはネリーの態度に眉間に皺をよせ、苛立ちを隠せていない。

 だが、ネリーは屈しない。その姿は普段おっとりとしている雰囲気とは似ても似つかない程、厳しい顔つきをしている。


「わざわざ私が来なくても良かったんですが、来た理由としては忠告。ですかね」

「ほお?侍女のお前が騎士である私に忠告か?」

「ええ、これ以上お嬢様に付き纏うのは止めてください」


 はっきり言い切ったネリーをジェフリーは真っ直ぐ顔を逸らさず見ている。


「お嬢様はこれ以上貴方との関りを持つことを恐れています」

「……恐れる?」

「それはそうでしょ?こちらは断罪された挙句平民に落とされたのですよ?そんな者の元に騎士が頻繁に訪れれば警戒するには十分すぎる理由だと思いませんか?」

「………………」


 最もらしい言葉で言えば、ジェフリーは何も言えずに黙った。


 これ以上攻略対象者ジェフリーがベルベットの傍をうろつかれるのを危惧したネリーが、独断でやって来たのが本来の理由だ。


(ここで大人しく引き下がってくれればいいのだけど……)


 そう願う一方、この程度で引き下がってくれれば苦労はしてないんだよね。


「……なるほどな。確かにお前が言っている事は一理あるかもしれんな」

「──ッでは!!」

「悪いが、私は他人から言われた言葉は信用しない。本人から言わたら行動を改めよう?」


 要はベルベットから直接聞くまでは諦めないと。


(しかもこの男……)


 本人ベルベットから言われても行動を改めるだけで、会う事はやめないと暗に示唆している。


「……ここを離れる前に顔を見ておきたかったが……」

「え?国に戻るんですか?」


 ボソッと呟いた言葉を聞き逃さなかった。


「ああ、少々問題が起きてな。明日の早朝経つことになった」

「へぇ」


 という事は、実質的にベルベットとの距離がうまれるということ。


「随分嬉しそうだな」

「そう見えます?」

「……口の減らん女だ」


 ネリーは満面の笑みを浮かべながらジェフリーを見ていた。


「しばらく会えなくなるが、私の顔を忘れられるのも困るのでな。また近い内に来ると伝えておいてくれ」


 それだけを言い残し、ジェフリーは静まった町へと消えていった。




 ◈◈◈




 その頃、リアムは──


「おやおや、なんとも物騒ですね」


 執務室で書類に目を通しているロジェの首元に鋭い刃を突き付けているのは黒装束に身を包んだリアム。


 チリッと刃が薄皮を破ってもロジェは冷静を保ち驚く事も慌てることも、ましてや命乞いもしない。

 まあ、命乞いなんてしたらその時点で首が飛ぶと分かっているのかもしれない。


「随分と余裕だね」

「ふふっ、そう見えます?」

「……僕が来た理由、分かってるだろ?」

「……さあ?」


 リアムの問いに知らないとシラを切るが、こちらは既に裏が取れている。今更知らないなどとは言わせない。


 ドンッ!!


 ロジェの胸ぐらを掴み、机の上に叩きつけた。首元には変わらず小刀が光っている。


「いい加減にしろよ」

「それが君の本来の顔ですか?」


 リアムは一層冷たく睨みつけるが、当のロジェは恐れるどころか本来の顔を見れ愉し気だった。

 くだらない事ばかり言うロジェに流石のリアムも苛立ちを隠せず、自然と掴んでいる手に力が入る。首を絞められたロジェは顔が歪み苦しそうだ。


「このまま殺ってもいいけど、あんたが二度とベルに近づかないって約束するなら命だけは見逃してやる」


 本音は殺ってしまいたいが、お人好しの主人ベルベットが悲しむと思いリアムの方が譲歩した形だ。


 だが、ロジェからでてきた言葉はそれを否定する言葉だった。


「お断りです」

「は?」


 一瞬の隙を付きリアムを突き飛ばした。


「私はベルを諦めるつもりもありませんし、ましてや他の男に盗られるつもりもありません」


 乱れ服を整えながら言うロジェの目は狂気じみている。頭のイカれた奴を数多く目にしてきたリアムでも、思わず身じろぐ程だった。


「……お前……聖女あの女が気になっているんじゃないのか?」

「私が?聖女様を?ふふっ……何を仰るのかと思えば、その様な世迷言を……」


 ベルベットの言葉を疑っていた訳ではないが、あまりにも聞いている内容と違うので確信に迫るために問いかけてみれば、そんな言葉が返ってきた。


(やっぱりね……)


 ある程度は想定していたので驚きもしない。


「私はあくまで教皇の役目として関わりを持っているだけです。あの様な者、聖女と名がついていなければ顔すら見たくもありませんね」


 教皇と言うには相応しくもない憎悪感を漂わせている。リアムはゾクッと背中に伝う冷気に苦笑いを浮かべた。


(こいつ、教皇の皮を被った狂人だな……)


 これはベルベットが言わなくても関りを持っては危険な人間だと察した。


「さて、ここまで知られたからには仕方ありません。貴方、私と手を組みませんか?」

「は?」

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