27

 二人を落ち着かせ、正直に今まであった事を洗いざらい話して聞かせた。

 マルクの事から教会へ行ったこと。シャノンの事、ロジェに監禁され仕方なくドレスを切り落としたことまで全て……


 話を進める内に、二人の誤解は解けたがその変わり呆れるような表情に変わった。


「……お人好しもここまで来たらただの阿呆だね……」

「私もリアムと同意見です」


 いつもはベルベッドの味方のネリーも今回ばかりは厳しい目を向けている。


「今回は本当に反省してるのよ。まさか監禁されるとは思ってなかったし……」


 項垂れながら自分の非を認めるが、二人の目は冷たい。


「あのさぁ、僕言ったよね?あの男は常識を逸脱してるって。そんな者の懐に入るなんて、蜘蛛の糸に絡め取られるのと一緒でしょ?」

「上手いこと逃げられたから良かったものの、一歩間違えたら命すら危なかったのかも知れないんですよ!?」


 怒りの収まらない二人にベルベッドは土下座して誤った。


「……誠に申し訳ありませんでした。私が軽率でした……」


 その姿に少しは熱が冷めたらしく溜飲が下がったようだった。




 ◈◈◈




「……何処に行くの?」


 しんと静まり返った夜更けに動く影が二つ……一人は暗闇に溶け込むような真黒な装いのリアム。もう一人は今まさに外に出ようとするリアムを止めたネリーだ。


「言わなくても分かってるくせに」


 月明かりに照らされたリアムの顔は酷く恐ろしいが、ネリーは怯まない。リアムに向かい合うネリーは普段見せているおっとりとした雰囲気は一切ない。


「別に止めはしないわよ。私の大事なお嬢様をあんな目に合わせた奴生きてる価値なんて無いわよ」

「ははっ、君がそこまで気に入るとはね」

「それは貴方も同じでしょ?」


 いつも見せる子供の様な無邪気な笑顔ではなく、大人びた色気のある笑みを浮かべるネリーにリアムは「まあね」と伝えた。


「じゃあ、僕は行ってくるけど……分かってるよね?」

「分かってるわよ。みたいに出歩かせないから安心して」


 手を振りながら応えると、リアムはフッと微笑み闇夜の町へと駆けて行った。その姿を見送ったネリーは踵を返した。


「──さてと」


 真暗な部屋の中、蝋燭も付けずに向かった先はベルベットが寝ている部屋。規則正しい寝息を立てながら眠る姿を見て思わず頬が緩む。



 ネリーも屋敷に来た当初はベルベットが苦手というか嫌いな部類だった。だが、人前では傍若無人に振舞っている癖に影では奉仕活動なんてまったく正反対なことをしていて、どちらが本来の姿のなのか気になり近づいたのが始まりだった。婚約破棄をされ国を出ると聞かされた時、思わず付いてきてしまったが今はベルベットの元を去ることなんて考えられないまでになっていた。


 だからベルベットがベルベットではないと聞かされた時は驚いたが、自身の仕える者に変わりないと受け入れられた。

 それに聖女の事を話すのは相当な覚悟と決意がいった事だろう。自身が悪役でこれから断罪される可能性があるという事は、傍にいる二人にも被害があると暗に示唆していたのだろう。


(それを踏まえて助けてくれと言っていたのかもしれないけど)


 どちらにせよ、今更ベルベットの傍を離れるつもりはないし仕える者として、主に危害が加えられると分かってるのに黙ってもいられない。


(問題はその主がとんだお人好しって事なんだけど)


 自ら首を突っ込んでいくのだからどうしようもない。まあ、そんな所も含め、気に入っているのだけど。


「このまま何事もなければ良いんだけどね……」


 そう呟いた時、ドアの隙間に紙が挟まっている事に気が付いた。それを拾い見た瞬間、ネリーの表情が曇った。


「……本当にうちのお嬢様は、変な虫を寄せ付けるのが得意なようすね……」


 その紙には綺麗な文字で


『今夜、あの場所で待っている』


 とだけ書かれていた。名前の記載は無いが、頭文字の『J』だけ書かれていた。それだけで誰が差出人か分かってしまう。


 チラッとベルベットを見てから考えた。


 今ここでこれを無視するのは容易いが、こうも毎回呼び出されては敵わない。


 しばらく考えたネリーは外套を羽織り、フードで顔を隠して夜の町へと姿を消した。






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