26

 ロジェはマルクを上手く言いくるめ家に帰していた。それを聞いた時の絶望感たるや否や言葉にならなかった。


「私はベルが心配なんです……お願いですからもう少しだけでいいのでここにいてください」


 悲痛な表情で言われ、ベルベットは言葉に詰まった。


(そんな顔で言われたら無碍にはできないじゃないか……)


 本音は今すぐ帰りたいけど、人のご厚意は大切にした方がいいって言うし……


 脳内で葛藤しながらロジェの方を見れば、縋るようにこちらを見ていた。今にも泣きだしそうな表情にベルベットの良心が痛み、遂には「……そこまで言うのなら……」と自然と口にしていた。

 ハッとした時には既に遅く、ロジェは喜んで侍女を呼びつけていた。


「とりあえず汚れた服など着替えましょう」

「え?ちょっと……!!」


 有無を言わさぬ速さで湯あみを浴びさせられ、いつの間にか用意されていたドレスに着替えさせられた。茫然としているところへロジェがやって来て、着替えたベルベットを見ると惚けたように頬を染めた。


「ああ、私の見立てに狂いはありませんでした。よくお似合いですよ」


 髪を手にするとそのままキスを落としてきた。そこでようやく我に返ったベルベットが満足気に見惚れているロジェに詰め寄った。


「こんな上等なもの私には分不相応です!!元の服で十分です!!」


「それに、こんな高価なもの払えるお金がないですし……」と付け加えた。元令嬢が金がないと口にするのは恥でしかないが、ないものはない。


「何を言うのかと思えば……貴女から金品を要求することはありませんよ。ここにあるものは全て私からの贈り物だと思ってください」


 あ、そうだった……この人貢ぎ魔だった。


 クローゼットの中には溢れんばかりのドレスに装飾品が入っていた。


「そういえば、最近を留守にしていたようですが……どこにいらしたのでしょうか?」


 笑顔で言っているが瞳の奥は笑っていない。ベルベットは全身の血の気が引いてその場から動けなくなってしまった。

 何か口にしなければという思いはあるが、パクパクさせるだけで声が出ない。


「どうしたんです?そんなに怯えて……」


 いつものように優しい声色で言っているが、今はそれが酷く恐ろしい。

 ロジェは優しく包むように抱きしめると「もう逃がしませんよ」と耳元で囁いた。


 おかしい……!!なんで悪役令嬢がこんなに執着されなきゃならないの!?確かに、シナリオを邪魔している自覚はある。でもこの世界はヒロインであるシャノンのものだから多少の誤差は補正力で賄えるはず。


 あまりの状況に理解と把握が追い付かないベルベットにロジェはクスッと微笑み頬に軽くキスをした。


「何かあれば呼んでください。すぐに駆け付けますので」


 それだけ言うと部屋を後にして行った。


 残されたベルベットは今がチャンスと慌ててドアに手をかけると、外側から鍵をかけられているのか開かない。それなら窓はどうだと駆け寄るが、窓は格子状になっており逃げだせない。


「……完全に閉じ込められた」


 何故監禁されたのか分からず頭を抱えたが、今は悩むよりもここから出ることを考えた方がいいと行動に移すことにした。


「ドアも窓も駄目……という事は残すのは……」


 天井を見上げながら呟いた。


 テーブルの上に椅子を乗せ足場を作ると、天井を叩いて天板が外せそうなところを探した。暫く叩いていると一ヶ所、音が違う所を見つけ思いっきり叩くとガコンという音と共に天板が外れた。


「よし」


 早速登ろうとしたが、ドレスの裾が邪魔で上手く上がれない。ベルベットは部屋を見渡し、悪いとは思ったがハサミで膝下まで切り落とした。

 この世界で足を晒す行為は野卑されるが、今や自由の身のベルベッドが気にするはずもなく更には大股で捩り上った。


 中は真っ暗で埃臭く先に進むのを躊躇してしまったが、グッと拳をにぎり先へと進んだ。




 ◈◈◈




「お嬢様!?!?!?!」

「どうしたのその恰好!!」

「いや、ちょっとね……」


 無事にロジェの元から脱出できたのは良かったが思った以上に時間がかかってしまい、家に着いた頃には既にリアムとネリーが帰宅した後だった。


 当然ベルベットの姿を見た二人は大いに驚いた。


 ドレスは膝下から破かれ素足が丸見えで全身埃まみれ。髪も顔もボロボロで完全に強姦にでも襲われたかの容姿にリアムの顔が恐ろしいほど歪んだ。


「……何があったの?誰にやられたの?知らない男でも特徴さえ言ってくれれば特定なんて簡単だから教えて?」


 ベルベットを刺激しない為か幼い子供を宥めるように優しく問いかけるリアムだが、その表情は今にも狩りに行こうとする獣の目をしている。


「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!!私のお嬢様が傷ものに……!!」


 ネリーは遂に泣き出してしまった。


「ベル……辛いかもしれないけど、言ってくれないと分からないでしょ?」

「そうですよ!!お嬢様をこんな目に合わせた奴は相応の償いを受けてもらわなければ!!」


「いやだから……」と咎めようとすればするほど、二人は憐れそうに表情を曇らせる。その内居てもたってもいられなくなったのかリアムは窓に手をかけ、外に飛び出そうとしたので慌てて止めた。


「だから誤解よ!!話を聞いてちょうだい!!」







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