3

 日もくれた頃、ようやく国の境目までやって来れた。ここに来るまでが長かった。なんとも言え難い緊張感と威圧感に苛まれ、ベルベットの精神は限界だった。


「ここまで来れば俺の役目は終わりだ」


 ジェフリーはその一言だけ言い放つと、目も合わさずに帰路へとついた。その態度にネリーがまた怒りを露にしていたが、今のベルベットには宥める気力が残っておらず、相槌を打つのがやっとで、茂みが揺れていた事に気づかなかった。


「よお、あんたがベルベットか?」


 気付いた時には数人の男達に囲まれていた。よくよく見ると手には剣や槍など物騒な物を持っている。


がお前の存在を消してくれって俺達に依頼してきてな。悪いがここで死んでもらうぞ?」


 頭らしき男が薄ら笑いを浮かべながらそんな事を口にした。あるお方とは誰の事だ?と思ったが、そんなの一人しか思い浮かばない。


(あの下衆王子!!!約束が違うじゃない!!!)


 こんな事をするのは力のある者の仕業と相場が決まってる。


 ゲーム内では品行方正、王子の中の王子のように振舞ってたのに、現実は全然違うじゃないか!!これは運営にクレーム案件だろ!!


「お嬢様!!!」


 ネリーの声で我に返り、振り返ると今まさに剣が振り下ろされる瞬間だった。


(あ、これ、死んだ)


 折角、第二の人生を歩もうとしていたのにこれだ。やっぱり悪役令嬢は邪魔者でしかないのか……そう潔く死を覚悟して目を瞑ったが、直後にキンッと剣のぶつかる音がした。恐る恐る目を開けると、そこにはリアムの姿があった。


「大丈夫?」

「……死んだかと思った……」

「僕がいるのに死ぬ訳ないっしょ?」


 リアムはベルベットの腰を抱くと軽やかに宙を舞った。


「はい。ちょっと待っててね。すぐ片付けてくるから」


 ネリーの元にベルベットを届けると、リアムは颯爽と男達の中へ突っ込んで行った。一人二人と手際よく斬りつけ男達の悲鳴と共に血飛沫が飛び散る。

 リアムは元々王家専属の隠密部隊に所属していたが、ヴィンセントの婚約者になったベルベットの護衛として陛下が付けてくれた者だ。今回の件でリアムは正式に隠密部隊を除隊してベルベットの元に付いてくれた。流石に除隊前に何度も後悔しないか確認したが答えはいつも一緒「僕がベルの傍にいたいんだよ」と。


「お、お嬢様………」


 ネリーも目に一杯涙を溜め、震えながらも必死に主であるベルベットを守ろうと背に庇っている。自分が一番怖いだろうに……


「くそっ!!」

「──ッ!!ベル!!避けろ!!!」


 リアムが叫ぶ声と同時に、男の一人がヤケになったのかこちらに向けてナイフを放ったのが見えた。だが、飛距離が短すぎて避けきれない。せめてネリーだけでも!!とネリーを庇うように抱きしめた。


 ドスッ


 そんな鈍い音ともに「大丈夫か?」と頭上から声がかかり、顔を上げるとそこには先程見送ったジェフリーが剣を構えて立っていた。


「……え?あ、な、なんで……?」


 この時の混乱たるや言葉にならないほどだった。


「話は後だ」


 相変わらず素っ気なく鋭い目付きで応えたが、どうやら助けに来てくれた事に間違いはなさそうだった。

 ジェフリーが来たことでリアムにも余裕ができ、あっという間に残り一人になった。


「さあ、依頼者は誰だ」

「くそっ!!こんな奴らがいるなんて聞いてねぇ!!!」

「そうか……余程命がいらないと見える」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 男は往生際悪く騒ぎ立てるが、ジェフリーが喉元に剣を突き立てると一瞬で青ざめ必死に言い訳し始めた。


「お、俺らはフードの男に頼まれただけで名前は知らねぇ!!」

「そんな嘘がまかり通ると?」

「本当なんだよ!!!」


 顔面蒼白になりながら訴えるがジェフリーは剣を納めようとはしなかった。

 そんな事よりもベルベットは何故ジェフリーがいるのか何故自分達を守り、首謀者を暴き出そうとしているのか理由が分からず酷く困惑していた。


 ついさっきまで射殺しそうなほど鋭い視線で睨みつけてたのに、相反した素振りを見せられたらこっちだって対応に困るってもんだ。


 責め立てられている男はジェフリーに恐れをなして涙目になりながら必死に命乞いをしている。

 この男は嘘をついているという感じはしない。本当に知らないんだろう。


「ジェ、ジェフリー様……?あの、もうその辺で……」


 思わずベルベットが声をかけると、ジェフリーは非難するような目を向けながらも、黙ってこちらを見つめていた。その視線に負けずに目を逸らずにいると、溜息を吐きながら剣をようやく納めてくれた。

 ホッと安堵したのも束の間、ジェフリーがこちらへ向かってきた。


(な、なななななんなの!?)


 訳が分からずベルベットはネリーと抱き合いながら小刻みに身体を震わせていると、スッと大きな手が目の前に差し出された。


「……へ?」

「大丈夫か?」


 まさか手を差し出されるなんて思いもせず、呆然とその手を眺めていると「早く取れと」と言わんばかりに眉を顰めたのが分かり、慌てて手を取った。


「あ、ありがとうございます」


 ゆっくり立ち上がりながら礼を伝えるが返答は無い。まあ、別に期待してた訳じゃないから良いんだけどさ。


「この者達は俺が責任を持って処罰するから安心していい」

「えっ、あ、お、お願いします……?」


 顔を背けながら言うあたり、私の顔も見たくないと言う事なんだろうか?それならなんでわざわざ助けに?そんな事を考えるが答えは出ず、不完全燃焼で悶々とする事になった。


 その後、ジェフリーはリアムが縛り付けた男達と共に今度こそ王都へと帰路についた。

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