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 すったもんだあったが、ようやくベルベットは無事に国を出ることができ、早速用意しておいた家へとやって来た。新たな家は町外れの森にひっそりと佇む小さな家だが、三人で住むには十分な大きさだ。


「公爵家と違って随分小さくなっちゃったから、リアムとネリーは狭く感じるかもしれないけど……」

「僕は別に気にしないよォ」

「私も!!これぐらいの方がお掃除が楽でいいですよ!!」


 そう言ってくれる二人にベルベットは「ありがと」と優しく微笑み返した。


 部屋はちゃんと三部屋あるし、家具も事前に揃えておいたから住まいとしては十分だろう。足りない物はおいおい揃えばいい。


 今日からここが私の。新しい人生の始まりだ!!




 ◈◈◈



 ──……と、喜んでいた数日前の私、始まりがあれば終わりがあるのよと伝えたい。


 今、ベルベットは消え入りそうなほど身を小さくさせながら、優雅にお茶を啜る見目麗しい騎士様を見つめていた。


 この数日は本当に充実した日々を送っていた。王子の婚約者と言う肩書きがなくなって、礼儀作法や立ち振る舞いを気にする事がなくなったので、思い切って芝生の上で寝転がったり、カチャカチャ音を立てながら食事をしても大口を開けてケーキを頬張っても誰にも文句を言われない。大笑いすれば同じく笑ってくれる者がいる。ベルベットは最高に幸せを噛み締めていた。……なのに


(一体なんなの!?)


 事の始まりは数分前。リアムとネリーが買い出しに出かけてしばらく立ってからの事だった。


 コンコン。と扉が叩かれ、リアムかネリーが忘れ物でもしたのだろうと確認することなく扉を開けたら、目の前にジェフリーが立っていた。ヒュッと思わず息を飲んだが、流石に扉の前で話をする訳にもいかず渋々家の中へ招いた。……までは良かったのだが、無言のまま数分が経過している。

 女性ならば、ジェフリーと対面していると言うだけで胸が高鳴り頬を染め、会話がなくとも至福の時間に思えるのだろうが、ベルベットは違う意味で胸が高鳴っている。


 ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢というフラグが今だに存在している気がして仕方がない。


「先日の賊の件だが……」

「へい!!」


 急に話しかけられたせいで見事に噛んでしまった。あまりの恥ずかしさに真っ赤になる顔を両手で覆って隠そうとするが、当然バレバレ。


「あ~……その件なんだが、貴女に謝らなければいけない」


 ジェフリーは気を利かせて見ていないフリを決め込み、そのまま話を進めてくれた。


 意外な行動に驚きはしたものの、こんな気遣いも出来るのかと人間らしい一面を見れて少し嬉しかった。


「実は、尋問の為牢に入れて置いたんだが、口を割らせる前に全員が何者かに殺された」

「え?」

「門番を配置しておいたんだが、急な眠気に襲われたらしく眠りこけていたらしい」


 顔を強ばらせながらも、申し訳なさそうに話してくる。


(いやまあ、それを聞かされて私にどうしろと?)


 命を狙われたのは確かだが、犯人なんて探さないでも分かってる。あの下衆王子の仕業に決まってる。

 あちらも騎士団長であるジェフリーが助けるとは予想外だった事だろう。焦って口を割られる前に殺したんだろう。


(人の命をなんだと思ってんだって話しよ!!)


 王道の王子ルートはストーリーも去ることながらキャラの人気も相まって評判が良かっただけに、この所業は残念でならない。


「えっと……団長様はわざわざその事を言う為だけに、ここまで来たんですか?」

「そうだが?」


 いくら隣国とは言え、その距離はお世辞にも近いとは言えない。

 更にベルベットは追放された身。そんな者のために自分の時間を割いてまでやって来たという事が信じられない。


「それはお手数お掛けして申し訳ありません。……ですが、今後はその様な報告は私には不要です。こうして平民となった身ですから団長様が気にする事もありません」


 ニッコリ微笑みながら伝えると、ジェフリーが一瞬眉間に皺を寄せた気がしたが多分気の所為だろう。


「さあ、日が暮れる前にお戻りください」


 早くしないとリアムとネリーが帰ってきてしまう。


『いいですかお嬢様。誰が来ても家にはあげてはいけませんよ』

『特に男は論外だね』


 二人が家を出る前、口煩く言っていた言葉を思い出した。


『もお、二人とも心配しすぎよ。こんな森の奥に来る人なんていないし、来たとしても子供じゃないんだから大丈夫よ』

『ベルはしっかりしてるように見えて、抜けてるとこあるしねぇ』

『お嬢様!!分かりましたね!?』


 なんてやり取りを交わした後、後ろ髪引かれるように何度もこちらを振り返るネリーとヒラヒラ手を振るリアムを見送った。


 すなわち、この状況はベルベットにとって非常にまずいのだ。あの二人に見られたら、留守番もろくに出来ないと思われてしまう。


 ベルベットは焦りの表情を隠しながら笑顔で帰宅を迫るが、ジェフリーは中々腰を上げてくれない。

 それどころか家の中を物色するように見回している。


(なんでもいいから早く帰って!!)


 そんな事を願っていたら徐々に笑顔が引き攣ってきた。


「……そうだな。今日のところは戻るとしよう」

「はい!!是非!!」


 ようやく腰を上げてくれたことが嬉しくて、食い付き気味に返事をしてしまい「しまった!!」と口を押えたが、今更誤魔化しなんてきくはずがない。


「……どうやら私は招かざる客だったようだな」


 目を細めながらベルベットの心の内を見透かしたように言われ、つい「い、いえ!!そんな事ないです」なんて言葉が口から出ていた。


「そうか?では、また近いうちにお邪魔させてもらおう」

「え!?」


 まさかそんな言葉が返ってくるとは思わずベルベットは焦りに焦った。どうにか上手い断り方は……と頭を巡らせている間にジェフリーは馬に跨っていた。


「邪魔をした。次来る時は手土産でも持ってこよう」

「……お構いなく……」


 振り絞り出した言葉は小さく消え入りそうだった。

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