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「ベル……本当にいいのかい?」
ベルベットに心配そうに声をかけるのは父親のダグラス公爵。今回の件で咎められたのはベルベット個人のみ。娘であるベルベットと縁を切ることで公爵家としてのお咎めは無し。名が傷付くことがなかった。
元より、ダグラス公爵家は長年王家の後ろ盾として君臨しているので、多少の事では名に傷は付かないという事は分かっていた。
「ええ、お父様。ここまで育てて下さりありがとうございます。恩を仇で返すような仕打ち、申し訳ありません」
「……ベル……」
鞄を手に深々と感謝の言葉を口にすると、今までの所業を知っている使用人達は驚いて口を開けたまま呆けている。
更にその後ろでは母が口元を押え目に涙を浮かべていた。悪役令嬢として振舞っていたベルベットを変わらず愛してくれた心優しい両親。この二人を巻き込まなくて本当に良かったと心の底から思った。
「ベル、辛くなったらいつでも帰ってきていいからね。あんな小僧の言葉なんて気にしなくていい。いざとなれば父様がなんとでもしてあげるから」
今まで見たことない笑顔で言う父にゾッとうなじが粟立つ。平静を装っていても、娘を傷物にされて相当怒っているらしい。
「陛下も自分の子には大層甘い人だからね。今回の事も当然耳には入っているが謝罪の一言も寄越さない……うちをコケにするのも大概にしてもらいたいね」
ベルベットは「これは荒れるなぁ」と顔を引き攣らせながらも他人事として静観する事にした。
「お父様、お母様、それでは行ってまいります」
「ああ、身体に気をつけるんだよ……リアム、ネリー。ベルの事を頼んだよ?」
「はい。旦那様」
リアムとネリーと言うのは、唯一ベルベットが傍に置いた者たち。
護衛兼影のリアムは、装飾品を流通する為の裏ルートを確立してくれた者で最も信頼している人物でもある。
ネリーは使用人の中で唯一、ベルベットを怖がらず親身になって身の回りの世話をしてくれた侍女だ。
国外追放になったと報告した際、この二人だけはベルベットと共に行きたいと名乗り出てくれた。正直、一人で他国に渡るのは不安だったが、この二人がいれば例え困窮した生活でもきっと苦にはならない。
(本当にこの二人には頭が上がらないね)
これで無事に王子ルートは攻略済みになったし、ゲームの世界にいるとはいえ悪役令嬢であるベルベットがやるべきことは遂行済みで、これから先はお役御免。せっかくだから第二の人生を歩もうと気持ちも新たに馬車へ乗り込んだ。
「──準備はもういいのか?」
馬車の外から声がかかり、窓から返事をしようと顔を覗かせた所でヒュッと息を飲んだ。
そこには見ただけで鼻血が出そうなほど美しい面持ちに、たくましい肉体美の騎士が馬に跨っていた。
(こ、この人、もしかして……)
ベルベットは物凄い嫌な予感に全身から汗が吹き出し顔色を悪くした。
「え!?なんでジェフリー団長がここに!?」
同じく窓の外を覗き見ていたネリーから出た言葉に嫌な予感が確信に変わった。
この人の名はよく知っているジェフリー・サンダース。この国の騎士団長で、攻略対象者の一人だった……
絹のような美しい銀髪の髪に男女問わず振り返る美しい面持ちの持ち主でありながら剣の腕前は一流で、この人に勝る者はこの国に存在しないのでは?とまで言われている。
ただ、この人は大の人嫌いでまず人を信用するということをしない。今まで女性関係が度々噂されたが、いずれも女性の独りよがりでジェフリーは心底うんざりしていた。
そんなジェフリーでもただ一人気になる人ができた。それがヒロインであるシャノン。
前世での私が最後に攻略できたのがこのジェフリーなのだ。
因みにジェフリールートでのベルベットの最後は結構えげつないものだった気がする……
攻略できたのが嬉しくてベルベットのその後を見落としていた。
(だ、大丈夫。シャノンは王子ルートでハッピーエンドを迎えたじゃない)
しかし、ジェフリーは美しい見た目に反して酷く冷たい視線をベルベットに向けていた。慌てて目を伏せたが、あの目は間違いなく怒りを含んでいる。
それが意味するのは何なのか……
「これは団長様がわざわざなんのご用ですかな?」
「殿下よりダグラス令嬢が確実に国外へ出たのか見届けよとの命を受け参上した」
「ほお……?」
あまりの言いぐさに父であるダグラス公爵は額に青筋を浮かべ怒りを露わにしたが、ジェフリーはどこ吹く風で気にもしていない。
「俺も暇ではない。準備が済んだのなら行くぞ」
捨て吐くように言うと、さっさと馬を走らせた。馬車を引く御者も慌ててジェフリーを追うように馬車を走らせる。ベルベットは窓から顔を出し両親に思いっきり手を振り最後の挨拶をした。
最後の挨拶としては随分忙しないものになったが、悲しむ間もなくて逆に良かったのかもしれない。
「ジェフリー団長ってあんな最低なこと言う方なんですね!!私幻滅しましたよ!!」
馬車が出発して早々にネリーがそんなことを口にしながら噴気していた。
「そんなこと言っては駄目よ。どこで誰に聞かれているか分からないでしょ?」
たしなめるようにベルベットが言うとネリーは「だって……」と子供のように頬を膨らませた。
「私は気にしていないからネリーも気にしなくていいわ」
宥めるように言うとネリーは目を見開いて驚いたのちに「……お嬢様は変わりましたね」と呟いた。
「ああ、いい意味で言ったんですよ。何て言うか人間らしい表情になった。みたいな?」
そう言って微笑んだ。
それはベルベット自身も感じていた。しがらみから解放されたような解放感と安心感。それもこれも前世の記憶が蘇ったからとは言えまい。
もう悪役令嬢に縛られることもない。今のベルベットはベルベットでありベルベットではない。
(とはいえ、この状況は想定外)
外には馬車にぴったりへばりつくように横行するジェフリーがいる。
このまま何事もなく隣国との境界まで行ければいいのだけど……
外の景色を見ながらベルベットはそう願った。
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