21

 リアムに抱えられ、家に戻ってきたベルベッドは床に正座で小さくなっていた。

 目の前にはベッドの上で足を組み、不機嫌そうに顔を顰めているリアムがいる。


「さて、何か弁解があるなら聞こうか?」


 いつもの柔らかい雰囲気は一片もなく、あるのはピリついた空気だけ。いたたまれない空気にベルベッドの頬に嫌な汗が伝う。


 出来ることならこの場から逃げだしたいが、リアムを前にして逃げるなんてこと出来るはずがない。


「考え事?随分と余裕だね?」


 頭上からかかった声は落ち着いてはいるが、苛立ちと怒りが込められている。早く言えと圧をかけられ、これはもう腹を括るしかないとベルベッドは意を決した。


「あ、あのね!!今回の件はどう転んでも私が全面的に悪いと思う!!ただ、私の良心が黙ってくれなかったのよ……」


 本当の事を言えば私だって行きたくなかったし、会いたくなかった。だけど、黙ってる事も出来なかった。


「あのさぁ、ベルの良心云々以前にあんな時間に一人で出歩く危険性を分かって言ってる?」


 腹に響く様な低い声に、睨みつける冷たい目。これは……完全に怒ってる。


「ここら辺は治安がいいとはいえ、夜で歩くには危険だって言ってあったよね?しかも密会の相手が男で、そいつは自分を陥れるかもしれない相手だって分かってるのに会いに行くって本当馬鹿なの?」


 ここまで綺麗に責め立てられたらぐぅの音も出ない。


「まあ、外に出て行く気配に気が付いて止めなかった僕にも責任はあるけどさ」


 俯いたままのベルベッドだったが、リアムの口調が変わった事に気が付き顔を上げると、そこにはいつものリアムがいた。


「今回は許すけど、次はないよ?」

「う、うん!!ありがとうリアム!!」


 本当はもっとお説教したい所を我慢してくれたんだろう。思わず抱き着いてしまった。


 私だってリアムに心配かけたくないし、これ以上迷惑もかけたくない。と言うかこれ以上何かやらかしたら本気で呆れられて見限れられそうだと言う危機感はある。リアムに捨てられたら正直生きていける自信がない。


 「もう少し寝な」と言うリアムのお言葉に甘え、ベッドに潜り込み目を閉じた。こうして長い夜が明けていった……



 ◈◈◈



 パンッパンパンッ!!


 街のあちらこちらで花火が上がる音がする。

 今日は聖女がやってくる日。


「あんな女の為にここまでする必要ないのにねぇ」

「そうですよ。お嬢様を傷付けた罪は重いです」


 窓から外を見下ろしてるリアムとネリーが聖女に恨み節をぶつけている。


 さて、ここからが正念場。聖女であるシャノンはまず王宮に呼ばれる。国王に挨拶を済ませ、親睦を深めるために食事会が開かれると聞いた。当然、その席には攻略者であるロジェも出席する。そこでルートが開放される。


 流石に国外追放を受けて平民落ちしたベルベッドが王宮に立ち入る事が出来るはずないので、そこはリアムにお願いした。ベルベッドは出来るだけ外に出ず、シャノンとの接触を避けまくる事だけを頭にする。


「こんな目立つ所ではなく、山中の家に戻った方が良くないですか?」


 ネリーが問いかけてきた。


「まあ、普通の人ならそう考えるだろうね」


 そりゃそうだ。こんな人目の着く場所にいたらいつ正体がバレるか分からない。山中ならば人目がないし人の気配もない。だが、逆にそちらの方が目立つ場合もある。


「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中ってね。時には目立つ場所の方が良いって事もあるってことさ。こんだけの人混みだったらベル一人見つけるのだって至難の業だよ。……まあ、見つけた奴はいるけどね……」

「──ぶふっ!!」


 ボソッと呟いたリアムに、口に含んでいたお茶を盛大に噴き出した。何も知らないネリーは不思議そうな顔をしながらも、ベルベッドのお世話は忘れない。


「もお、どうしたんです?」

「──ゴホッゴホッ、な、なんでもないのよ」


 必死に隠そうとする姿にリアムはクスクスと肩を震わせている。その姿に文句を言ってやろうとしたら、外の熱気が一気に湧いた。


「どうやら到着したようだね」


 その言葉に自然と身体が強ばる。そんなベルベッドの手を優しくネリーが包み込んでくれた。


 そうだ、今の私は一人じゃない。仲間がいる。それだけでも気持ちが幾分か楽になった。


「さてと、じゃあ、僕も動くとしようかな。ネリー、ベルの事頼むよ?見張ってないと何するか分からないから」

「ええ、分かってるわ。いざとなったら縛り付けてクローゼットに。でしょ?」

「正解」


 ネリーとリアムは当然のように言っているが、ベルベッドは初耳。自分の知らないところで自分の扱いが酷くなっていることを知らさせた様なもの。


「え、ちょっと待って、何か物騒な言葉が聞こえたけど……?」


 恐る恐る問いかけるが、リアムは聞こえないふりで颯爽と窓から出て行ってしまった。残されたネリーを問い詰めようにも、忙しく動き回る者を強く引き止める事が出来なかった。


 結果、縛り付けられないように大人しくする事が一番だと結論付けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る