10
引越しを決めてから数日。新たな家はなんと山中に忘れた様に佇む一軒家。手入れは全くされていない様で、傍から見ればお化け屋敷。
提案者はリアムで、いくら追放されたとはいえ元令嬢だ。そんな者が好んで廃墟同然の家を住まいにしているなどとは誰も思わないだろうと。
「この生業をしてると顔が無駄に広くなってね。この国で知り合った奴から数年前に報酬と一緒に貰った家なんだけどさぁ、滅多に来ること無くて今の今まで忘れてたよ。どう?僕の別荘」
自慢気に腕を広げて見せるが、別荘と呼ぶには些か無理がある。いくらあの二人の関わりから逃げたかったとは言え、これは……と足が竦んでいる所でネリーが悲鳴を上げた。
ネリーだって女の子だ。ギリギリ雨風が凌げる程度の屋根と壁に加え、室内にまで草が生えている家に好んで住みたいとは思えない。
だが、次に発せられたネリーの言葉はベルベットの思っていたものとはまるで違うものだった。
「素敵……」
「は?」
「このホラー感漂う感じ……まるで秘密基地見たいで最高にイカしますね!!」
聞き間違いかと思える言葉だが、ネリーは瞳を輝かせて家の中を眺めている。素敵要素とは?とベルベットが困惑していると、背後のリアムがクスクス笑い出した。
「ネリーって随分な変わり者なんだよ……もしかして気づいてなかったの?」
気づくもなにも、そんなことは初耳。ベルベットの知っているネリーはおっとりしているが仕事は完璧、丁寧にこなしてくれる侍女というイメージ。
まさかこんな変わった趣向の持ち主とは……
まあ、ベルベットの元に付いてきた時点で充分な変わり者なのだが、その事には気付かない。
ネリーは目を輝かせながらどうやって自分好みに変えていこうかすでに検討中で、とても他の場所を提案する雰囲気では無い。
ベルベットは腕を組みながら仕方ないとばかりに溜息を吐き、苦笑していた。
◈◈◈
「おや?」
ベルベット達が家を引き払ってすぐの頃、旧居の扉の前で紙袋を手にし茫然としているジェフリーを同じくベルベットを訪ねてきたロジェが見つけた。
「何しているんです?」
「……………なんだお前か」
「何しに来たのかは聞かない事にしますが、入らないのなら邪魔なので退いていただいても?」
ジェフリーはロジェの姿を見ると眉間に皺をよせ、明らかに不機嫌な様子を見せた。
ロジェはジェフリーを押しのけると笑顔で扉をノックした。
「ベル。いますか?先日話したお礼の件で伺いました」
しかし、中からは物音ひとつせず静かなままで、ロジェは首をひねった。
「おかしいですね……この時間帯ならいると思ったのですが……」
「この家の中からは人の気配はない」
「……それはどういうことです?」
「中を見て見ろ」
ジェフリーに言われるがまま小窓から中の様子を伺って、目を見開いた。
「な……!?」
大型家具は残されているものの、食料品や食器などの細々したものがなくなっている。
それに人というより人の気配すらこの家自体から消えている。それらの事から考えられることは一つ……
「……引越した……?」
「だろうな」
「一体どこに!?」
「そんなもの私が知るはずなかろう」
ジェフリーはロジェにそう伝えると、乗って来た馬に跨った。
「まあ、知っていた所でお前に教える義理はないがな」
「……居場所を知りもしないのに随分と余裕ですね。──ああ、なるほど。貴方のせいですねベルがいなくなったのは」
「は?」
「貴方、粘着質そうですからね。黙って逃げるしか術が見つからなかったのでしょう。可哀そうに……」
ロジェに自分のせいだと言われ、ジェフリーは苛立ちを見せたが”粘着質”と言われ、否定できない自分もいた。
暇を見つけては手土産に乗じてこんな森の中までやって来ているんだから大概だろう。
(今までの私からは想像もつかない事だな)
ジェフリーは自嘲するかのように笑った。
「……逃げてしまったからには仕方ありませんね」
「大人しく引き下がるのか?」
やけにあっさりとした応えにジェフリーが問いかけた。
「冗談。私に何も言わずに逃げ出したのですよ?悪い子にはお仕置が必要だと思っただけです」
ニヤッと含みのある笑みを浮かべたロジェを見て、ジェフリーはゾワッと悪寒が走った。
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