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「我々二人がベルのパートナーという事にしましょう」


 当然のように言い放ったロジェに同調するようにジェフリーも「仕方あるまい」と頷いている。完全に蚊帳の外のベルベットは意味が分らず「は?え?」と呟くことしかできない。


 そんなベルベットに気が付いたジェフリーが困ったように優しく微笑んだ。


「すまない。困惑してるよな」

「え、ええ……」

「実はな、俺と教皇殿が君を婚約者にと公爵に望んだが、公爵はどちらを選ぶかは君次第だと仰ってな。優しい君の事だ、どちらも選ばない選択をすると思ってな。かといってそれで諦められるほど我々の愛は軽くはない」

「と言うと……?」


 嫌な予感しかしなくて額の汗が止まらない。


「いいですかベル。この世には一夫多妻というものがありますでしょ?」

「ええ」

「一妻多夫というものがあってもよろしいんではないかと、陛下に進言させていただきました」


 にっこりいい笑顔で言い切るロジェだが、ベルベットは「もしかして……」と最悪の結末しか浮かんでこず顔面蒼白になっている。


「先ほど陛下より承認いただきました。少々手こずりましたが、承認頂けました。更に、陛下が許可を出した事知った公爵様も渋い顔をしながら従ってくれましたよ?」


 完全に悪人の顔で言うロジェ。いくら頭のキレる公爵でもこの人相手では勝てなかったと見える。


 いやいやいやいや、なに正当化しようとしているんだこの人達!!こんな私情で制度変えて言い訳ないでしょ!!というか私の気持ちは!?結婚てお互いに好き同士でするもんじゃないの!?


 仮にもこの世界は乙女ゲーム。恋愛して成り立つ世界のはずだ。それなのにその設定すらも無視してゴリ押しで婚約に持っていくなんてありえない。


(せめてそこぐらいはちゃんとしてくれ)


 プレイしていた側からすれば恋愛ありきのゲームだったのだから、お互いに愛し愛されて納得した上で婚約なり婚姻を済ませるべきだと私は思う。というか、ゲームないじゃなくともそれが一般的。常識なのだが、果たしてこの二人にその常識が通用するか否か……


「君が言いたいことは分かっている」


 頭を抱えながらチラッと二人を見ればジェフリーが何かを察してくれたらしい。正直、ロジェに常識は通用しないと半ば諦めていたのでジェフリーが気づいてくれてベルベットは安堵の笑みを浮かべた。


「従者の者のことだろう?君の従者を変えるつもりはないから安心してくれ」

「違う!!そうじゃない!!」

「?違うのか」

「違うけど、その件はありがとうございます!!」


 そう言えばこの人話が絡みづらいんだったの忘れてた。人を嫌って必要最低限の会話しかしてこなかったツケがこの結果なのだろう。


 ベルベットが頭を抱えていると「あはははははは」とリアムが笑う声が聞こえた。いつの間にか背後に立って腹を抱えて笑っている。


「リアム!!見てたなら助けてよ!!」

「ええ~?見てる方は愉しかったよ?」

「……いい趣味してるわね」

「だろ?」


 ほくそ笑むリアムを睨みつけても平然としているリアムに腹立たしさを感じてむぅと顔を顰めると「まあまあ」と頭を撫でられた。


 大人しく頭を撫でられるベルベットを見て目の前の二人は面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、ジェフリーがリアムからベルベットを離した。


「従者だからと言え、主に勝手に触れるのは了承できない」

「貴方はベルが信用している者なので、仕方なく傍にいるのを許しているのです。でなければ異性なんてベルに近づけさせるわけありません。そこを重々承知しておいてください」


 ベルベットを背に庇いながら言う二人に「お~こわ」とリアムが呆れながら両手を挙げて言っているが、すぐに真剣な表情に戻り二人を睨みつけた。


「それはそうと、君ら自分の気持ちを押し付ける事しかしてないけどベルの気持ちは?もしかして聞くつもりもないとか言うんじゃないよね?」


 ベルベットが言いたい事をリアムが代弁してくれたことに歓喜の表情を浮かべる。


 二人は黙ったままで更にリアムが続ける。


「どうなの?もしそうなら僕は君らにベルは渡せない。勘違いしないで欲しいけど、主であるベルには幸せになってもらいたいんだよ。それを邪魔するなら団長だろうと教皇だろうと容赦しないよ?」

「リアム……」


 リアムの本音を聞いてベルベットは目頭が熱くなり目を潤ましていた。対して当の二人はお互いに顔を見合わせ、同時にフッと笑みをこぼした。


「そんな事か……」

「もちろんベルの意見も尊重いたしますよ?」

「え、本当?」


 思わず食いつき気味で聞いてしまった。


「ええ。勿論」

「こちらとしても無理強いはしたくないからな」


 その言葉を聞いて、心の底から安堵した。が、すぐに「だが」と付け加えられた。


「我々以外の者と婚姻を結ぶなんてことになったら、自分を抑えられる自信はない。……怒りに任せて相手の男を手に掛けるやもしれん……」

「おや、それだけですか?随分と優しいですね。私ならまず相手の男を手に掛けて亡骸をベルに見せつけ心を壊した後、私しか縋る者がいないと思わせて籠に閉じ込めますね」


「まあ、冗談ですけど」と付け加えられたが、全然冗談に聞こえない。ジェフリーはまだ救いようがあるが、ロジェは駄目だ。完全に闇落ちルートだ。


 聞いたリアムですらドン引きしている。


「さあ、どうします?私達と婚約しますか?しませんか?」


 そう言いながらジェフリーとロジェは手を差し出してきた。


 先ほどの言葉を聞いてこの手を取らない以外の選択肢が見えない。ここで大人しく手を取れば闇落ちルートは回避されるかもしれない。でも、それでいいのか?


(……………………)


 手が触れるか触れないかの所で手を止めた。


「やっぱり無理!!リアム!!」

「だよねぇ~」


 リアムは素早くベルベットを抱きかかえると窓枠に足をかけた。


「イカれた奴らにはベルはあげれない。諦めな」


 そう捨て台詞を吐いて外へ……


 残された二人は黙って窓を見ていたが、すぐに「やれやれ」と踵を返した。


「何処に行く?」

「決まっているでしょ?」

「そうだな……我らの姫を取り返しに行くか」

「別に貴方は来なくて結構ですよ?」

「はっ、教皇ごときにあの者が捕まるまずなかろう?」

「言ってくれますね……」


 そんな言い合いをしながらリアムとベルベットが消えた方向へと急いだ。


 ベルベットの苦悩はまだ始まったばかりかもしれない……

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断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。 甘寧 @kannei07

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