31 初めての依頼


 数週間後。

 ついにドラゴン速達便が開始する日がやってきた……!


 実際に事業を開始するにあたって「ドラゴン派遣サービスメンバー」は忙しい日々を送っていた。

 ジルベールとエイヴァは王都に戻って、仕事と学業の合間に営業を行った。

 エリンとリュドヴィックは、父ブルーノの結婚祝いで紹介された貴族のもとに向かって、彼らから色よい返事ももらえた。ルロワ家に好意的な人たちばかりで、リュドヴィックのことも応援してくれるようだ。

 配達実行部隊は、王立騎士団と共に訓練を行い充実した日々を送っている。給料はルロワ家から出ているし、王立騎士団には士気の高い人が増えたと喜ばれている。

 新しく雇った事務担当も皆真面目で勤勉な者ばかりだ。

 エズラだけは特に何もしていないが、エリンやリュドヴィックに突っかかることが今求められていることなので、そういう意味では任務を果たしてはいた。

 

 例えば、費用の設定を二人が話し合っていた時も。

 速達便が貴族が利用するものなので、利用料は少しお高めに金貨一枚と設定していた。


「しかし初めから金貨一枚だと、いくら貴族といえど使わないんじゃないか。僕は良さがわかるから金貨一枚は妥当、むしろ安いくらいだと思うが」

「そうね……。じゃあ最初は銀貨一枚から始める?」

「まずは利用者を増やして、便利だと思ってもらわなくては意味がないからな」

「お前らは何もわかっていない」


 二人の会話を聞いていたエズラは神経質に膝を揺らした。


「顧客は値上がりには厳しい。安易な価格設定をするな。自分の首を絞めるぞ」

「じゃあどうすればいいの」

「そうだな。最初の一度だけ無料にするんだ。次からは正規料金だ。値引きはしない」


 いつもエズラは我関せずといった様子で小説を読んでいたり、お菓子をつまんでいたり、何やら書いたりしている。

 二人の話を全く聞いていないようで、何かしら文句をつけたいときだけ口を挟んでくる。

 そのうちエズラには新規の事業も担当してもらおうと思っているが、まずはこれでいいと二人は思っている。

 

 そんなわけで各々自分の仕事をこなし、遂に初めての依頼が来た……!

 依頼主は、エイヴァの学園の友人。彼は北側の辺境伯の息子で、寮に入っている。


「弟か妹が生まれるらしいんですの」


 初めての依頼に喜んだエイヴァはルロワ島まで飛んできていた。常にルロワ島に帰る理由を探しているジルベールもおまけについてきていた。

  

「なるほど」


 依頼の内容は、辺境伯家に新しい家族が生まれるという内容だった。

 弟か妹の誕生を心待ちにしている彼は、生まれたら速報が欲しい。

 そして生まれたら、母と新しい家族にプレゼントを届けてほしいという依頼だった。


「素敵な依頼ね!」


 エリンは目を輝かせた。リュドヴィックも依頼主の名前を見て目を輝かせていた。

 北の辺境伯は、大国と隣接している貿易が盛んな領地で、王都の貴族への影響力も大きい。

 王都とのやり取りも多い家なので、速達便の出番も大きそうだ。


「しかし生まれるまでどうするんだ」


 エズラが放った言葉に一同考え込む。

 速達便を考えた時、エリンたちは王都から各領地への速達を想定していた。

 王都には常に実行部隊が待機しているから急な依頼でも叶えられる。しかし今回の場合のような、領地から王都への連絡が先行し、実行日が固まっていない場合の想定をしていなかったのだ。


「今回はひとまず一日一回、領地を訪れることにするわ」


 ドラゴン騎士団の訓練の中にはドラゴン遠乗りもある。南から北まで、訓練がてら毎日日替わりで様子を見に行かせることにエリンは決めた。


「今後どうするかは課題だな」

「そうね。常駐するわけにもいかないし。課題としましょう」

「この速達便の需要が高まれば、いくらでも方法はある」


 黙って聞いていたエズラは言った。


「ドラゴンは移動が早い。一日で国を一周できるのだから、毎日周ればいいんだ。そこで王都あての速達を回収していく」

「そのためには件数を稼がなくてはいけないわね……」

「最初は泥臭く一件ずつ要望に応えていくしかなさそうだな」


 リュドヴィックの言葉にエリンはこぶしを突き上げた。


「なんだか楽しくなってきたわね……! なんでもやるわよ!」

「楽しくなってきたか……?」


 呆れ顔でエリンを見つめるが、なんだかんだリュドヴィックも楽しそうではある。


「じゃあ出産されるまでは、ルロワの騎士に毎日一度様子をみてもらうことにするわ」

「プレゼントを届けるのは我ら王都の騎士団に任せてくれ」


 ジルベールが胸を張って、エイヴァもしっかり頷いた。


「わたくしプレゼント選びも任されていますの……! 素敵なプレゼントを選んでまいりますわね!」

「頼んだわね」


 社交的で明るいエイヴァに学友への営業を任せたのは間違いではなかったとリュドヴィックは思った。

 エイヴァと出かけたいという気持ちも依頼につながった要因のひとつだろう。


「それではジルベール様、わたくしたちは帰りましょう」

「ええー、まだルロワに戻って三十分しか経ってないよ。せっかくエリンに会えたのに」


 ジルベールは何度も失態を見せたからかエイヴァの前で取り繕うのはやめたらしい。エイヴァは憧れの人の腕をがっしり掴むと、窓に向かって口笛を吹いた。


「ジルベール様は夜間に国王の警護が入っていますよね。もう帰らなくては間に合いません」

「……ぬ」

「わたくし、ジルベール様のスケジュールはすべて把握しておりますから。では、リュドヴィック様、エリン様。ご連絡お待ちしております」


 エイヴァはニコニコと二人に笑みを向けながら窓の外にジルベールを押し込んだ。ジルベールのドラゴンが彼をキャッチしてそのまま空に飛んでいく。

 それを見届けたエイヴァも自分のドラゴンに乗って、空の向こうに消えていった。やはりエイヴァを雇ったのは正解だった。


・・


 そして、数日後。

 北の辺境伯夫人が産気づいた。

 ルロワドラゴン騎士団の騎士は数時間その場で待機し、可愛い女児が生まれたことを確認してすぐに王都に飛び立った。

 待ち構えていたエイヴァと辺境伯令息に、幸せな一報が届いた。二人はすぐに妹のためのプレゼントを購入し、王都の実行部隊が辺境伯の元に届けたという。

 もちろん辺境伯家は大喜びし、今後も速達便を利用すると言ってくれたらしい。


 王都からすべての報告が届いて、エリンは大喜びでその場でステップを踏んだあと、窓から身を投げた。空中でマシューがエリンを拾って、空をぐるぐる回りながら喜んでいる。


「いやっほー!」


 エリンの楽しそうな叫び声が室内まで響いている。

 

「喜び方が独特だ」


 リュドヴィックは心臓に手を当てながら言った。窓から身を投げた時、心臓が身体が飛び出るほどに驚いていた。


「同感だ。この島の人間は空が好きすぎる」


 エズラも真っ青な顔して頷いた。彼らは何も言わずとも高所恐怖症仲間として通じあっている。

 だけど、二人も口角があがることを止められなかった。


 初めての依頼が無事に完了したこと、喜んでもらえたことは、当たり前だが嬉しかった。


「まあ、今回利益はゼロなんだが」


 エズラの突っ込みも今日はなんだか楽しく聞こえた。

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