25 ハッピーウエディング!!
ルロワ家の館はたくさんの人で溢れ返っていた。
ルロワの結婚式は、民と大地に愛を誓った後は新郎新婦の自宅で料理や酒をふるまい、入れ替わり立ち代わりお祝いをする人が訪れて一日宴を開く。二人の結婚式も例外ではないが、なにせ元第一王子とルロワ家の一人娘の結婚式だ。島民全員が訪れたのでいくら広い館と庭を開放しても入りきらない。急遽湖を渡った先にも料理や酒を並べて、大きなお祭り状態だ。
「普段節約節約というのに、今日は豪華だな」
そう言いながらもリュドヴィックは楽しそうな口調で、目の前を眺めた。二人は島民を迎えるために、庭の一角に用意された椅子に座っていた。島民が二人の前を「おめでとうございます」とグラスを傾けながら通り過ぎて行った。
「お金は必要な時に使わないと!ルロワは領主と島民の距離が近くて、持ちつ持たれつの関係なんだからね。それに食材はお祝いで皆がたくさん届けてくれたのよ」
「確かに、見たことがない料理もたくさんある」
「あ、そうなの? どれが見たことない?」
「あの緑色の魚はなんだ」
少し離れたところにあるテーブルの上に乗っている料理を指してリュドヴィックは尋ねた。
「あれはオロゴロンフルーツのソースを絡ませてるの。ほら、黄緑でしょ。あれを煮込むと深い緑になるの」
「万能な果物だな」
「ずっとここに座っていなくてもいいのよ。料理取りにいきましょうか。ルロワ産のワインもあるのよ」
いつもは常にメイドが控えているからすべてを察してすぐ駆けつけてくれるけれど、今日はメイドたちも自由に楽しんでいる。昨夜からの料理の準備を終えて、今はメイド服を脱ぎ捨てドレスや自分たちの好きな服装に着替えて思い思いの時間を過ごしている。
二人は料理を食べようとテーブルまで移動してみる。豪華な料理もたくさんあるが、島民がお祝いで持参した家庭料理なんかも並んでいる。丁寧に飾られているというよりは持ち寄りの食卓で、リュドヴィックからすれば初めて見る光景だった。
「あ、これゾーイさんの煮込み料理だと思う。私大好きなの。食べてみて」
「ああ」
「やあ、お二人さんおめでとう」
リュドヴィックが豆を煮込んだ温かい何かを一口食べたところで後ろから声をかけられる。にこやかな表情のイーデンとサイラスが立っていた。
「本当に来てくれたんだな、ありがとう」
「リュドヴィック様の結婚式ですから、当然です」
「そりゃもちろん友人の晴れ姿は見なくちゃね。それにドラゴン島って興味あったんだ」
イーデンは機嫌よくグラスの中身を飲み干した。やはり酒で気分がよくなっているようだ。
「長旅ご苦労だったな」
「いえ、ドラゴンに乗ってきましたので。ドラゴンはすごいですね」
「えっ、ドラゴンに乗ってきたの!? まあそうよね、この島には船では渡れないし」
エリンが驚きの声を出すと、イーデンは自慢げな表情で嬉しそうに語り始めた。
「それがなんと王都から乗ってきたんだよ! 騎士団にドラゴンを借りたんだ。初めて乗ってみたんだけど、馬より乗り心地はいいし。何日も馬車に揺られるよりよっぽどいいね。まさかこんなに早くつくとは……!」
「自分も驚きました。今までドラゴンに乗るのはルロワ騎士団のみでしたが、先日のお二人の提案を受けて我々もルロワの文化を取り入れていければと思いまして。今回ルロワまでの旅にお借りしました」
「……本当!? すごいわ!」
二人の答えにエリンは目を輝かせて、思わず二人の手を取って握手する。「二人とも空を飛ぶのは怖くなかったの!? ぜひ感想をもっと聞かせてほしいわ!」
「僕は高いところが好きだからね。元々いつか空を飛んでみたいと思っていたんだ。空を飛ぶことをロマンだと思う人間も多いんじゃないかな」
「王都に住む貴族でもそんな風に思ってくれる人がいるのね、リュド!」
「ああ、そうだな」
「今までドラゴンのことを考えたこともなかったけど、知れば面白いものだね。僕はとても興味があるよ」
「う、うれしい……! かなり上空を飛ぶことになったと思うけど、それでも怖くなかった?」
「高すぎると逆に怖くなかった」
感激してイーデンの手をぶんぶんと振り回すエリンの隣でリュドヴィックは口を挟むことができず押し黙る。
(僕のような卑屈な臆病者よりも、明るくて好奇心旺盛なイーデンの方がルロワの領主に向いているかもしれないな)
先日の王都での面会でも思ったが、エリンとイーデンは波長が合うらしくテンポよく会話が弾んでいる。どう考えても結婚式に新郎が思い悩む内容ではないが、これがリュドヴィックなのだから仕方ない。
「ああ、そうだ。僕たち旧友からリュドヴィックにプレゼントがあるんだよ」
会話に区切りがついたところで、イーデンは思い出したようにリュドヴィックを見た。サイラスがカバンから何かを取り出すと、そこにはいくつかの封筒があった。
「君は挨拶なく王都を去ったことを気にしていただろう。今回の結婚式だって表だって参加できる人もいない。君の友人から手紙を預かってきたんだ」
サイラスが封筒をリュドヴィックに渡す。全部で五つある。リュドヴィックが慕っていた師や、特別親交のあった友人。手紙の中身はリュドヴィックの健康を気遣い、これからの幸せを願った文面だった。
そのうち二つは無記名だ。誰からだろうか、そう思って開いてみると見覚えのある文字だ。
「まさかこれは……」
「そう。レオナーとシャリーだよ」
第二王子と元婚約者。リュドヴィックにとっては苦い記憶の相手であり、幼少期から共に時間を過ごした特別な相手でもある。
「匿名なのは、二人の立場もわかってあげて」
「……わかっているさ」
「二人とも、リュドのことを案じているんだよ」
「ああ……」
二人とも、絵葉書を封筒に入れてくれていた。幸せに、お元気で。立場もあり、その一言しか書けなかったのであろう。
リュドヴィックは絵葉書を封筒に戻して、五つすべてを胸に抱きしめると「ありがとう」と小さな声を発した。
「喜んでくれたみたいで何よりだ。数年後にはまたみんなで集まれるといいな」
「ありがとう、二人とも」
「よかったわね、リュド! 今日はいいことばかりね!」
エリンは明るい笑顔をリュドヴィックに向けた。
「何よりも二人の結婚がおめでたいんだけどね」
イーデンのおどけた口調に三人は笑った。当の新郎新婦は結婚式の実感はあまりないのだが、島民たちが新領主を迎え入れてくれたことや旧友たちの心遣いで、幸福は身体にたまっている。
「おーい! エリン、リュド! おめでとう!」
頭上からバサバサと音が聞こえて、大きな風が吹いた。四人が上を見上げるとそこには
「久しぶり! 元気そうでよかったよ!」
「お父さん……!」
ドラゴンに乗って手を振っているのは行方不明になっていたブルーノだった。人の良い笑顔をふりまき、ドラゴンから落ちるのではないかというくらい大きく手を振っている?
「ずっと二人の様子を空から見せてもらってたんだよ! エリンの花嫁姿をお母さんにも見せてあげたかったよ、本当に……! 二人の姿が見られてよかった!」
「待って。降りてきて、話があるから」
ブルーノの声と裏腹にエリンの声は冷たい。
「私としては、二人の姿を見ることができただけで幸せ――」
「ジル、いる? すぐに引きずりおろして」
エリンが声を張り上げると、すぐにバサバサと別の羽音が近づいてくる。ジルベールがエリンの声を聞き漏らすわけがなかった。イーデンとサイラスは何事かと目を丸くして周りを見渡している。
「ジル、すまないけど私は用事があるんだ。二人の晴れ姿も見れたし。ね?」
「エリンは話があるみたいなので」
ドラゴンに乗ったジルベールはすぐに空に現れて、ブルーノに剣を向けている。
「ジル、その剣は?」
「主のご命令なので」
「降りてきて。すぐに」
エリンのとげとげしい言葉にブルーノは降参するように手をあげた。
「でもここは人がたくさんいるから、裏庭の方で降りることにするよ」
「ジル、そのまま着いて行ってくれる?」
「エリンの信用なさすぎない?」
「日頃の行いを考えてよ」
観念したブルーノはジルベールに誘導されながら、裏庭まで飛んで行った。
「二人とも今日は来てくれて本当にありがとう。ゆっくりしていって。そうそう、申し訳ないけどルロワに宿はないから、よかったら館のゲストルームに泊まっていって。それじゃあ申し訳ないけど、私はちょっと失礼するわね」
早口でエリンはそう言うと、ドレスの裾を掴んで裏庭まで走っていった。
「エリンはいつもパワフルだね」
「ああ」
「でもリュドには彼女が合っている気がするよ。シャリーよりもね」
目の前のドタバタに面食らっていたイーデンがそういうと、リュドヴィックは小さく笑った。
「自分もそう思います」
サイラスもイーデンに同意した。
(妃として最もふさわしいのはシャリーだと今でも思っている。でも――)
「二人ともう少し一緒にいたいんだが、僕も失礼するよ。今日は来てくれてありがとう」
「ルロワを楽しませてもらうよ」
「お招きありがとうございました」
リュドヴィックは二人に言われた意味を噛み締めながら、エリンが走っていった方角に歩みを進めた。
「リュドが自分のことを『僕』と言うの、十年ぶりくらいに聞いたな。いや、もっと前かも」
「なんだか親しみやすくなりましたね。いえ、リュドヴィック様はずっと朗らかな方ですが」
「ルロワに染まったかなー? お、なんだこの料理」
「スパイシーな香りがしますね」
二人はリュドヴィックをあたたかく見送って、ルロワの料理を楽しむことにした。
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