24 結婚式では永遠の愛を誓ってください

 

 手入れが行き届いた庭は鮮やかな色の花が咲き誇っている。花の小道が続く先、門扉の前にリュドヴィックが立っていた。タキシードを着たリュドヴィックは落ちつかない様子でそわそわとエリンを待つ。


「お待たせー!」


 緊張感のないいつもと変わらない口調のエリンは、リュドヴィックのもとにたどり着いた。


「どう?案外ドレス姿も似合ってるでしょ」


 エリンはじゃーんとリュドヴィックの前に立つとくるりと一周して見せた。気恥ずかしさを隠すためにほんの少しふざけた部分もある。


「……」

「……」


 周り終えたエリンの目に飛び込んできたのは、エリンを凝視して固まっているリュドヴィックだった。見る見るうちに顔が赤くなり耳や首まで染め上げた。

 エリンの想像では、軽くからかわれるか、「まあ似合ってるな」とぶっきらぼうに返されるだけだと思っていた。

 エリンはこういうストレートな反応には弱いのだ。なんと言葉を紡げばいいかわからず二人とも黙って真っ赤になっているのだから、後ろに控えていたメイドたちは愛しさと笑いをこらえるのに必死だった。


「そろそろ行きましょうか」


 門扉で待機していた執事長のエドが固まったままの二人に声を掛ける。


「あ、ああ!そうだな!」

「ええ!行きましょう」


 二人同時に上擦った声が出る。リュドヴィックは一度咳払いをしてから、手を差し出した。

 エリンはおずおずとその手に自分の手を重ねる。事業のパートナーとして時間を共にしてきたが、パートナーらしく寄り添うのは初めてのことだ。

 今まで一番距離が近づき、身体がわずかに密着する。髪の毛をまとめたオイルの香りや、化粧品の甘い香りがお互いをくすぐる。


 エドが門扉を開くと目の前に湖が広がり、湖の先にはたくさんの島民が見える。

 二人の姿に気が付いた島民は大きな歓声を上げた。大きな湖をぐるりと島民が囲んでいて、島中の人間が集まってくれているようだ。


「わあ……」


 先ほどまでリュドヴィックの体温にドギマギしていたエリンだが、広がる光景を見て胸に別のものが込み上げてくる。ずっと愛してきたルロワ島と民。一人一人の表情はよく見えないけれど皆笑顔を向けてくれていることわかる。


「すごい人だな」

「……私やっぱりルロワ島が好き。ここに住む人たちが好きなの」

「ああ」

「絶対にドラゴン事業成功させようね」


 リュドヴィックは隣に立つエリンの瞳が涙に濡れていることに気づいた。

 潤んだ瞳は正直可愛いけど、エリンは結婚式の意味を知っているのだろうかとリュドヴィックは思った。

 永遠の愛ではなく、ルロワ島の復興をエリンは誓っている。ルロワの大地と民に。


(まあ僕たちの結婚は元々そういうものではあるが)


 説明のできない複雑な気持ちでリュドヴィックがエリンを眺めていると


「見て、リュド!ドラゴンたちも来てくれてるわ!」


 エリンが頭上を見上げると、三十匹はドラゴンが集まってきていた。背中に乗せている人間はいないから、何かを察して森から出てきてくれたのだろうか。


「じゃあ行きましょうか」

「どこに?」

「決まってるでしょ、向こう岸よ。湖の向こうにみんながいるんだもの」

「そのドレスで?」


 ドレスは細身で裾も広がらないタイプだから、またがることはできないだろう。

 そんな疑問を気にかけず、エリンは口笛を吹く。すぐにマシューがやってきた。


「私はドラゴン令嬢なのよ、ドラゴンに乗るのは何より得意なの」


 エリンはふわっとジャンプすると背中に優雅に腰かけた。


「またがらなければいいだけよ」

「そうか」


 その恰好で空を飛ぶのは怖くないのか?……怖くないんだろうな。リュドヴィックは口をつぐんだ。

 気付けばリュドヴィックの相方であるリュールもやってきていて背中に飛び乗る。空を飛ぶのはいまだ怖いリュドヴィックだが、乗り降りだけは大得意だ。

 バサバサと二匹のドラゴンが浮かび上がると、島民からの歓声は大きくなる。

 島民がいる場所まで移動すると、彼らが準備をしてくれていた簡単な台座があった。

 ルロワドラゴン騎士団長のヘイデンが二人をその台座に案内し、二人は一段高いところから島民を眺めた。

 制服に身を包んだ騎士団の先頭にはジルベールがいて、ハンカチをびちょびちょに濡らして泣いている。新しいハンカチを渡してやっているのはサイラスだ。サイラスの隣には、イーデンがいてニコニコと笑顔を向けてくれている。二人は約束通り王都から来てくれたようだ。


 エリンはヘイデンから魔石を受け取って、それに向かって話し始めた。この魔石を通すと音が増幅されて大きく響くのだ。


「みなさん集まってくれてありがとう。エリン・ルロワです。そして隣にいるのはリュドヴィック・ルロワ。皆さんご存知だと思いますが、この国の元第一王子です。この島をよりよくするために彼が力を貸してくれます!」


 エリンがリュドヴィックを紹介するとまた一段と大きな歓声があがる。


「やっぱり噂は本当だったんだ……!」

「リュドヴィック殿下がルロワ島を選んだんですって!」

「そんなすごい方がこの島に……」


 リュドヴィックはヘイデンに言われたことを思い出していた。リュドヴィックとエリンは大恋愛の末に王位を弟に譲り、愛するエリンのためにルロワに来たと。島民の大歓迎を見ると、騎士団だけでなく島民もそう思っていそうだ。


(大恋愛どころか、エリンは僕のことを事業のパートナーとしか見ていないけど)


「以前からみんなに語っていたドラゴン事業を、リュドヴィックと共に発展させていきます!」


 熱っぽくエリンは言葉を続けているが、それは恋人と結ばれた喜びではない。優秀な人材が手に入った喜びだ。


 リュドヴィックは苦笑しつつも、エリンから魔石を受け取ると学園にいた頃の微笑みを作った。


「ご紹介にあずかりましたリュドヴィック・ルロワです。この島に来ることが出来たこと嬉しく思います。わからないことばかりでご迷惑をおかけすることも多いと思いますが、よろしくお願いします」


 リュドヴィックの挨拶もエリンとそう変わらない。職場の新入りの挨拶に近い。

 プリンススマイルを島民に向けると女性陣から黄色い悲鳴が上がる。人前に立つとリュドヴィックの爽やかスイッチが入るらしい。


「二人で力を合わせてルロワ島のために頑張っていきます」


 結局ふたりとも結婚式らしい誓いにはならなかった。

 しかし二人を恋愛結婚だと信じている島民は大きな拍手を送る。第一王子が国よりも、エリンを、ルロワ島を選んでくれたことにも浮かれて。一国の王子が国より恋や小さな島を選ぶなんて褒められたことではないが、国のことをあまり知らない島民からすれば喜びしかない。

 エリンはリュドヴィックの好感度が高そうなことにほっと胸をなでおろした。


「では湖を一周してきますね!」


 エリンはそう宣言した。館の正面だけでなく湖をぐるりと住民たちが囲んでいるのだ。マシューに乗って皆に顔を見せよう、そう思ったのだが


「誓いのキスは?」


 イーデンが陽気な声をあげた、顔が既に赤い。どこかで酒をひっかけてきたのかもしれない。


「え」

 エリンから声が漏れると、隣のリュドヴィックのプリンススマイルが少しだけ剥がれている。

 新領主、宣誓!だけでは許してもらえないらしい。

 国を変えるほどの大ロマンスを経て結婚した二人を期待して島民が大きな拍手を送っている。


「ちょっと待ってよ」

 リュドヴィックにしか聞こえない声でエリンは呟く。


「まあ僕は覚悟していた」

「えっ」

「挙式では付き物だから」

「そういうもんなの」

「イーデンはそう思ったんだろうな」


 小声でやり取りをしていると、ジルベールの泣き声が嗚咽に変わったのを感じる。

 その嗚咽をかき消すように島民たちの期待の声が広がっていく。


「素敵ね……。まるで小説みたいだわ」

「学園時代から愛しあっていたんだものね」

「小さな島のおてんば令嬢と眉目秀麗完璧王子様の身分差恋愛がここに」


 夢見る女性陣の声も聞こえてくる。

 リュドヴィックとエリンは顔を見合わせた。ここで、やりませんよ、というわけにもいかない。そんな雰囲気だ。


「リュドヴィックの支持率のためよ」

「結婚式に夢見る乙女は本当にどこにいったんだ」


 エリンは覚悟を決めてリュドヴィックに向かい合った。気合が入った目をしていて、今からキスをする乙女とは思えない。

 リュドヴィックは内心大焦りだったが、爽やかスイッチ継続中である。人目があればあるほどスマートにこなせるのが、リュドヴィック王子というものだ。

 リュドヴィックは顔を赤くすることもなく、優しく微笑んだままエリンの肩にそっと触れた。


 先ほどまで新領主のお披露目のことしか考えていなかったエリンだが、王子になったリュドヴィックの破壊力は抜群だ。学園で王子に憧れていた少女の気持ちが芽を出す。リュドヴィックが照れていれば冷静になることができるのに、さらりとこなされると普通に照れてしまう。

 自信満々だった瞳がかすかに揺れて、うるんだ目がリュドヴィックを見上げる。

 リュドヴィックは完璧な笑みを崩さないためにも、エリンを目にいれないことに決めた。


(え、え、え。本当にキスをしちゃうんだ!?)


 リュドヴィックの瞼が閉じたことで、エリンは半分パニックに陥るが、領主としての威厳を守るために無理やり目を瞑った。目を瞑ってしまえば、もうあとは唇に唇がぶつかるのを待てばいいんだ。そう、だって、もう一度キスはしたんだし、事故だけど……!


 わあ……!と歓声が上がり、きゃあ!と女性陣の明るい声が響き、ジルベールの泣き声が強まって。

 エリンはキスをしたことに気が付いた。

 触れたか、触れていないか。それくらいのほんの一瞬のこと。だけど確かに熱を感じた。

 唇に触れながら、上を見上げるとリュドヴィックの優しい瞳が目に入った。


(こ、これは。演技の。笑顔。私に向けられた笑顔じゃない。島民のために作られたものよ……)


 周りの音が聞こえなくなるくらい、エリンの心臓の音がバクバクと耳にまで響く。

 リュドヴィックの穏やかなエメラルドは、まるで愛しい者を見るような瞳で。人前だからそうなっているだけだと言い聞かせても心臓は鳴りやんでくれなかった。

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